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□夜風に吹かれて
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小屋の窓から覗く、青い宵の闇に包まれた外を見て、エリンは小さく眉を寄せた。
空気ももう冷たくなってきていて、窓から空を見上げれば、宵の明星が輝いていた。
イアルが馬で街へ出掛けて行ったのは、明るい今朝のことだ。
何時もなら、彼は夕暮れ時にはここへ戻ってくる。
しかし、その夕暮れ時はもうとっくに過ぎてしまっているのに、一向に彼が帰ってくる様子はない。
少しの間考えてから、壁に掛けてあった外套を羽織る。
次いでエリンは、一度部屋に戻って燭台を持って来て、その蝋燭に火を灯した。
橙と赤の火から伸びる火影を一瞥すると、彼女は燭台を片手に持って、小屋の戸を開けた。
外は思いのほか風が強く、蝋燭の火が一瞬、大きくたなびいた。
エリンは心配したが、幸い火は消えることなく、ただ時折、風で揺らめいた。
エリンは、風が弱まるのを待って、小屋から外へ滑り出た。
戸を閉めると、肩を竦めるような形で歩き出し、彼女は目の前の景色に目を凝らした。
山は、日が暮れるのが早い。
歩いているうちにも、周りは宵の闇から夜の闇へと移り変わっていく。
空には既に星が散らばり、それぞれ輝きを放っている。
しかし残念な事に、月は雲に隠れているようで、月の光が道を照らしてくれることは無かった。
辺りは静まり返っていて、自身が歩く足音だけがやけに大きく聞こえた。
どれ位時間が経っただろうか。
背後で、草がかさりと揺れた様な気がして、エリンは思わず息を呑んだ。
急に、抑えていた恐ろしさや心細さが迫ってきて、小屋から飛び出してきたことを、少々後悔した。
その時、前方から微かに、馬の駆ける音が聞こえて、彼女は安堵の溜め息を漏らした。
暗闇の中でも、雰囲気で乗り手が驚いているのが分かるくらいの距離まで近づくと、馬は少し歩いて、その場で止まった。
エリンは、馬から人影が滑るように降りるのを見て、その人影に駆け寄った。
すると彼は振り返って、静かにエリンを見据えた。
「何故、こんな所にいるんだ?」
イアルの口調は静かだったが、その声は僅かにとがっていた。
「日が暮れてもイアルさんが帰ってこないので、何かあったんじゃないか、と心配になってきてしまって…。
思わず、ここまで来てしまったんです。
―…すみませんでした…」
小さくなって、頼りない声でエリンが言うと、イアルは勢いを削がれたように黙り込んだ。
二人の間に、暫く静かな沈黙が訪れる。
やがて、小さく眉を下げて、イアルが静かに口を開いた。
「…俺も、帰るのがこんな遅い時間になってしまって、すまなかった。
…だが、夜の山は、暗くて危ない。
何かあったとしても、俺がすぐに気付ける保証もない。
…俺は、まず何よりも、貴女が大事なんだ。こんな暗い中を、あまり1人で出歩かないでくれ」
エリンが俯きながら頷くのを見つめながら、イアルは罪悪感に苛まれていた。
街で、久々に会った幼馴染と話し込んでしまったのが、後ろめたかった。
しかしそれ以上に、心配からくる怒りを抑えきれず、彼女にぶつけてしまっている自分が、どうしようもなく嫌だった。