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□駆け抜ける時の中
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「「エリン師ッ!」」

声をそろえてエリンの名を呼び、一目散に駆けてきた学童達を見て、イアルは思わず眉を上げた。

「廊下は走っちゃ駄目でしょう?」

エリンが笑いながらたしなめるが、学童達はお構い無しの様子だ。

少しの間に、エリンの周りには小さな人だかりが出来ていた。

「エリン師、お久しぶりです!」

「久しぶり。…ごめんね、なかなか来れなくて」

「あの、山って、楽しいですか?」

「今日は何時までここに居られるんですか?一緒に食堂で夕餉を食べる事って、できますか?」

「待って、待って」

輝く瞳で、学童達は一斉に様々な質問を投げかけた。

困ったように笑いながら、それら一つ一つにエリンが答えていく。


ふと、教室から走り出てきた学童とイアルの目が合った。

「こんにちは」

「…ああ、こんにちは」

一瞬、誰に言っているのか分からなかったイアルは、戸惑いながら挨拶を返した。

その学童は僅かの間、誰だろう、と不思議そうな顔でイアルの顔を見つめた。

しかし、直ぐに視線をエリンへ移すと、他の学童と共に、エリンの周りの人だかりに混じっていった。


そのまま、何となく視線を宙に漂わせていたイアルは、不意に一人の教導師に目を止めた。

前に話したことがあるような気がするのだが、名がなかなか浮かんでこない。

「あ、トムラ師」

近くの学童達の一人が言ったのを聞いて、イアルは心の中で、あぁ、と呟いた。


―…トムラというのは確か、エリンの学童時代の先輩だったな。


ぼんやりとイアルが考えていると、ふっとそのトムラと目が合った。

トムラは一瞬戸惑いの色を滲ませた後、イアルへ近づいてきた。

イアルが小さく頭を下げると、トムラも礼を返して、口を開いた。

「山へのエリンの護衛の時は、ありがとうございました」

トムラはそこで言葉を切り、戸惑いながら言葉を紡いだ。

「……ええと、失礼ですが、今日は何故こちらに?」

保護場を訪れたのがエリンだけでなく、イアルも共に訪れたのが、疑問だったのだろう。

トムラは、相手の表情を伺うようにしながら、返答を待った。

暫くの間無言で考えていたイアルは、やがて静かに口を開いた。

「エリンが保護場に行くと言いましたので、付き添いで参りました」

「―そうですか」

はぐらかされた気もしないではなかったが…、トムラは、それ以上聞くことも出来ず、ただ頷いた。

双方が口を閉ざし、訪れた沈黙。

何か言った方がいいか、トムラが迷っていると、聞きなれた鐘の音が、外から響いてきた。

トムラは、我に返ったようにイアルに目礼すると、廊下に出たままの学童達に声をかける。

「講義開始の鐘が鳴ったぞ!教室に入れ」

満面の笑みでエリンと会話を続けていた学童達は、その声で徐々に笑みを消し、口を尖らせながら教室へ入っていく。

「ほら、そんな顔しないで。また、夕餉の時間に話しましょう」

苦笑したエリンがそう声をかけると、学童達は喜びの声をあげた。

軽い足取りで教室に戻るようになった学童達の背中を見つめながら、エリンは柔らかく微笑んだ。

(…大きくなった)

数年前なら、なおも食い下がってきただろう。

それに皆、ぐんと背が伸びた。

自分の居ない間に起きた変化を嬉しく思いながらも、エリンは、微かに寂しくも感じていた。


「エリン?」

傍から名を呼ばれて、慌ててエリンはイアルを見上げた。

「あっ、ごめんなさい。

これから、どうしましょうか」

「…保護場の中を、少し見て回ってもいいだろうか」

エリンが笑みを浮かべながら頷くのを見て、イアルも微かに口元を緩めた。

講義の声が漏れてくる廊下を、二人は静かに歩いていった。



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