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□Rainbow
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「―…エリン、」
ぽつりと、イアルが名を呼んだ。
エリンは涙を零しながらも、彼の言葉に耳を傾ける。
「外、見てみろ」
「…?」
不思議そうな表情で顔を上げたエリンに微笑んで、イアルは再び、ついと窓の外に視線をやった。
「ほら」
小さく顎で示されて、疑問に思いながらも、ゆっくりとエリンが窓の方に顔を向ける。
涙でぼやける視界を指で拭うと、徐々に外の景色が見えてきた。
次の瞬間、エリンは目を見開いた。
いつの間にか、霧のような雨は去っていた。
雨にさらされて濡れた木々や草花を、柔らかい太陽の光が輝かせている。
―…しかし、それらを差し置いて彼女の目を奪うのは、空に大きく掛かった、鮮やかな虹であった。
空に堂々と居座るそれは、雨上がりの景色の中に、驚くほどに溶け込んでいる。
そして、その光景が窓から覗く様は、まるで、一枚の絵が窓にはめ込まれているような、不思議な印象を見るものに与えた。
「―……」
エリンは未だ頬を流れ伝う涙を拭う事もせず、暫しじっと窓の外の光景に見とれていた。
不意に目線を息子に戻すと、小さく笑いながら口を開いた。
「…見てごらん?」
子を抱えなおして、窓のほうに顔が向くようにする。
息子の様子に、変化は無い。
目を瞑って、大声で泣きじゃくっているままだ。
しかし、エリンは、ふと微かに目元を和らげた。
(これが、貴方の生まれた世界)
― そして、未来を生きてゆく世界。
心の中で息子に語りかけながら、エリンは涙で揺れる子の顔を優しく見つめる。
そんな彼女の気持ちを察したかのように、傍らに寄り添うイアルが、静かな声音で言った。
「この子には、柵の無い人生を歩ませよう。
生まれてきたことを後悔しないような、そんな人生を」
エリンは頷いた。
「…そうね。わたしたちで、この子のゆく道を照らしましょう。…この子が、前を向いて歩いてゆけるように」
「ああ」
答えたイアルの声は、どこか掠れているようだった。
顔を上げたエリンは、彼の頬に、光るものが伝っているのを見た。
「進む道の先に、何が待っているのかは分からないけれど」
呟くように言いながら、エリンが息子に目を向ける。
イアルも、同じように、息子の顔を見た。
自身の腕の中にある小さな命を感じながら、母は穏やかな光をその顔と瞳に浮かべた。
「―…あなたとジェシと共になら、きっと前へ歩んでいける」
込み上げてくるものを抑えながら、エリンは子を優しく抱き寄せた。
「…ありがとう……」
誰に向けての言葉なのか、それは定かではなかった。
しかし、エリンは、心の底から湧き上がるその言葉を感じた。
「本当に、ありがとう…」
収まってきていた涙の発作が、再び彼女に訪れた。
嗚咽で言葉を継げなくなったエリンを見、イアルが小さく眉を下げた。
彼はゆっくりと腕を伸ばすと、抱かれているジェシごと、エリンの身体を包み込むように抱き込んだ。
泣いている者しかいない部屋は、どこか寂しげな印象を抱かせる。
― しかし、そこには確かに、新たな命と、その誕生を喜ぶ親の姿があった。
そんな一つの家族を祝福するかのように、窓からは柔らかな陽光が差し込む。
エリンとイアルは、その腕にジェシを抱きながら、暫く何も言わずに、ただ涙を流した。
青い空に掛かった虹があまりにも美しい、そんなある昼下がりのことだった。
Rainbow
(祝福の虹は天を彩る)
(生まれてきてよかったと、そうこの子が思える未来を)
→アトガキ