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□Indigo
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馬の蹄の音が、幅の狭い山道に響く。

ジェシの楽しそうに笑う声も、それに混じっている。

馬の手綱を握る父の前に座った彼は、辺りを見回しながら瞳を輝かせていた。

無意識にエリンは口元を緩めて、微笑んだ。


暑くなってきた。

額に浮かんだ汗を、手の甲で拭う。

太陽の日差しが木々の隙間から差し込み、目の前をちかちかと眩しく照らしている。

彼女は微かに目を細めながら、手綱を握りなおした。

前を行く馬の背で、イアルが片手で息子の汗を拭ってやっていた。

落ち着かない息子を宥めて、前を向かせている。

暫くすると木々が少なくなり、辺りの景色を見渡しやすくなった。

目の端で光るものに気づいて横を見た彼女は、思わず小さな歓声を上げた。

日の光を反射している砂浜と海は、綺麗としか言い様が無かった。

海の沖のほうは青というより藍色で、ここからでも分かるほど、透き通っていた。

目を離したエリンは、いつの間にかなだらかな坂になっている道を進んだ。


馬から下りるなり、ジェシは大喜びで海へ駆け寄った。

とても、初めて来たとは思えない。

僅かに苦笑しながら彼女は馬を下り、手綱を引いて歩き出した。

もう1頭の馬の近くまで来ると手を離し、馬の鼻面を撫でた。

それから辺りを見回し、軽く伸びをする。

結構な時間馬に乗って来たので、腰や肩が少し痛くなってしまっている。

しかしその疲れも、目の前の景色を見ているうちにどこかへ飛び去った。

自分の名を呼ぶ声で我に返り、エリンはそちらを向いた。

馬が大人しくなっていることを確認してから、二人の居るところへ駆け寄る。

砂に足をとられて走りにくいけれど、嫌な気分ではなかった。


「…え、え、どうしたの、ジェシ」

エリンは驚いたように眉を上げて言った。

彼女の息子はその小さな眉を寄せて、足をばたつかせていた。

珍しく慌てた様子のイアルに、抱き上げられているような状態で。

イアルは苦笑しながら彼女を見た。

「波が怖いらしくてな。

…それでも、海から出たくはないらしい」

「うー…」

ジェシは足元の海面を見つめながら小さく唸っている。

先程までのはしゃぎようはどこへやら。

「大丈夫、怖くないから」

「…………」

声を掛けても、眉を寄せたままじっとエリンの顔を見つめるだけだ。

小さく笑みを浮かべて、彼女は両腕を差し出した。

「ジェシ、おいで」

戸惑いながらも抱きついてきた息子の背を、落ち着かすように数回軽く叩く。

それから片手で履物を脱いで、海に入った。

足首が海水に浸るくらいまで来ると、彼女はそこで立ち止まった。

首に回された腕に力が込められた。

「大丈夫」

そう言って、ゆっくりと膝を曲げてしゃがんでいった。

途端、ジェシの肩がびくんと跳ねた。

エリンは息子の足が水に浸ったのを見て動くのを止め、頭を優しく撫でた。


波が来るたびに、ジェシは怯えて表情を硬くした。

しかし暫くそのままでいると、さすがに慣れてきたのか、徐々に落ち着いたようだった。

それどころか、自分から海水に手を伸ばして触れ始めた。

水が飛ぶと笑顔になり、声をあげる。

彼女が腕を離しても、それに気付かないほどだった。

遊ぶのに夢中になっている息子を見つめながら、母は無意識に笑みを零した。



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