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□Rainbow
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その日は、朝から雨が降っていた。

ただ、雨が降っているといっても、太陽は雲に隠れておらず、青空から雨粒が落ちてきているような天気雨だった。

しとしとと雨は静かに降り続け、小屋の屋根に当たっては、時折小さく音を響かせた。

細かな雨粒は、そうして、ひっそりと辺りに落ち続けた。

音も無く降るその雨は、まるで霧がかかったようだった。


透明な雫が幾つも窓を鳴らしては、下へ緩やかに伝っていく。

それをぼんやりと見つめながらも、椅子に座っているイアルは、無意識に両手を強く握り締めた。

爪が掌に食い込む程に握りこみ、はっとして拳の力を抜く。

暫し自身の手を見つめた後、しかし、再び無自覚に手で拳を作った。

そのまま両手に額を乗せる形で俯く。

どうにも落ち着かない自身に苦笑しながら、静かに目を瞑った。


普段通り流れているはずの時間が、今はとても遅く感じられた。

時折部屋の中から漏れてくるエリンの呻くような声、それを励ます医術師達の芯のある声を、イアルは祈るような思いで聞いていた。


傍の扉の取っ手が回る音がし、開かれた扉の中から、額に汗をかいたエサルが出てきた。

さっと勢いよく立ち上がったイアルに驚きつつ、エサルはイアルの顔を見据えた。

珍しく冷静でないイアルの瞳には、不安と期待が入り混じっているかのような色が滲んでいた。

「―…たった今、産まれたわ」

イアルの目が徐々に見開かれていくのを見、エサルは目元を和らげながら言葉を紡いだ。

「母子共に異常なし。元気な男児よ」

エサルが言うのと共に、イアルの周りの、張り詰めていた空気が緩んでいった。

思わずエサルが笑みを零した頃、我に返ったようにイアルが頭を下げた。

「ありがとうございました」

「礼は、中にいらっしゃる産ノ医術師の方達に言って頂戴。わたしは補助くらいしか出来なかったのだし。

…それよりも、中に入って、エリンと子に会ってあげなさいな」


曖昧に頷くイアルを一瞥すると、エサルは脇に寄り、彼を中へと促した。

イアルが部屋に入っていくと、治療を終えた医術師達が、静かに扉から出て行こうとしていた。

彼等に礼を言いながら前を見ると、赤子を胸に抱いたエリンの横顔が、目に入った。

窓から斜めに差し込んでいる淡い光による逆光で、エリンの横顔は僅かにぼやけて見えた。

微かにイアルが目を細めたのとほぼ同時に、ふっとエリンが顔を上げ、イアルを見た。

「―…イアル」

イアルが近づいていくと、その顔には小さな笑みが浮かんだ。

真っ赤な顔で大きく泣いている我が子の顔を、イアルは横から覗き込むようにして見た。

強く握られた小さな手に、戸惑いがちに触れると、驚くほどに強い力で、指が握り締められた。

何も言えず、ただイアルは、つい先程生まれた我が子を見つめた。


不意に、エリンの着ている衣の上に、ぽとりと雫が落ちた。

驚いてイアルが視線をやると、エリンは声を押し殺しながら泣いていた。

今もなお大声で泣き続ける赤子とは真逆のエリンの様子に、微かにイアルはたじろいだ。

「…エリン?」

抑えきれなくなってきたのか、引き結ばれたエリンの唇の僅かな隙間から、小さな嗚咽が漏れている。

エリンは溢れてくる涙を押し戻すように目を閉じると、首を横に振りながら下を向いた。

「…っわた、…し……っ」

震える声で、必死に言葉を続けようとする。

彼女の細い肩も、何かに耐えようとしているかのように、小さく震えていた。

それを見て、僅かに眉を下げると、イアルは静かにエリンの頭を抱いた。

イアルの胸に額を当て、もたれる形になった彼女は抗うこともせず、声を出して泣いた。

妻と子、二人の泣き声が混ざり合い、小さな部屋に響いた。



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