過去のお礼小説

□暑気に隠れた涼感
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「……暑い」

思わずそう呟いて、エリンは、肩まで伸びている自身の後ろ髪を持ち上げた。

かかっていた髪が持ち上げられると、途端に首筋が涼しくなった。

エリンは、微かに吹いてくる風を首筋に感じながら、頭上の太陽を見やった。

じりじりと、日差しが頭を焼いている。

太陽は、夏らしく、鬱陶しいほどに輝いていた。

生地の薄い、紗の夏羽織を着ているというのに、熱気が体を覆い、離れていかない。

ふと、頬に汗が流れたのに気付いて、指でそれを拭った。

途端に、押さえていた髪が落ち、首筋を覆ってしまった。

再び訪れた暑苦しさに、エリンは顔をしかめ、立ち上がった。


青々と茂った草の上を歩く度に、サクサクと乾いた音が聞こえてくる。

短跨から出ている足を、時折草の先が掠めていき、くすぐったかった。

小屋の戸を引き開け、中に入ると、その感触と音はあっさりと消えた。

そのことを少しだけ残念に思いながら、エリンはぐるりと小屋の中に視線を巡らせた。

丁度、廊下の奥にある扉に目を移したとき、その扉が内側から静かに開かれた。

扉の中から出てきた男は、扉を閉めながらエリンに気づき、微かに眉を上げた。

「…ジェシは、寝た?」

「ああ。…遊び疲れたんだろう」

声を小さくしてイアルが答えると、エリンは微かに苦笑した。

ジェシは朝起きてからずっと、小屋の中で父のあとを追っかけていた。

父が歩けば、ジェシもその後ろをぴったりと付いていく。

その様子が可愛かったので放っておいたのだが、イアルの表情からすると、あの後色々と遊びをせがまれたのだろう。


不意に、忘れかけていた自身の髪のことを思い出して、徐々に、体を包む熱気が耐えがたくなってきた。

扉の脇に立っているイアルの横を通り抜けて部屋に入り、机に置かれた小物入れから、髪を結ぶ紐を取り出した。

「それを取りにきたのか」

部屋から出て、髪を結ぼうとしているエリンに、イアルがそう声をかけた。

「ええ。外、凄く暑いから。いっそのこと、結んでしまおうと思って」

そう返しながら髪を上げ、結ぼうとするのだが、髪が下に落ちてしまって、なかなか結べない。

無言で紐と格闘する彼女を見て、不意にイアルが口を開いた。

「…手伝おうか?」

「お願い」

小さく笑いながら、エリンは振り返り、頷いた。

エリンの手から細い紐を受け取ると、髪をまとめて紐で結ぶ。

エリンは額に浮かんだ汗を拭いながら、目線を上げて、夏の陽光が差し込む窓を見つめた。

窓の上端に吊り下げられた風鈴が、リーン…という涼しげな音を鳴らしている。

「……ね、ジェシが起きたら、買ってきた西瓜を食べましょうよ」

背後で、夫が頷く気配がする。

「ああ」

エリンは窓の外に広がる景色を眺めながら、柔らかく微笑んだ。


外で風が巻き起こり、木や草が、波のような音をたてていった。


 暑気に隠れた涼感
  (この暑さも、心地いい)


→アトガキ

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