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□この心情の証に
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「…つまらないことだと、思うかもしれないが。」
エリンがゆっくり首を横に振ると、イアルは顔に浮かんだ苦笑を深くした。
「あの教導師、…トムラ、といったか。
…学童時代からの付き合いだと言っていただろう?」
「はい。」
頷いて、エリンはそう答えた。
確かにエリンは、トムラとはカザルム学舎に入舎してから知り合った、という事をイアルに話したことがあった。
しかしエリンが話したのはそれだけで、だからこそ、イアルが何を言わんとしているのかは、彼女は全く分かっていなかった。
「そのトムラという教導師がここに尋ねて来て、そしてエリンと二人で話していた時……、」
イアルは、言葉にするのを躊躇しているかのように、目線をエリンの瞳から逸らした。
それでもエリンは彼から目を逸らさず、その先を言うよう、無言で促した。
「何故だか分からないが、あの日以来、あの男を思い出すたび、胸がむかむかしてくるんだ。」
イアルは低い声で呟くと、眉を寄せ、頭に片手をやった。
小さく息をついている彼を見つめながら、エリンは目を見開いていた。
目線を泳がせている為に、彼女のその表情に気付いていないイアルは、そのまま言葉をつないだ。
「エリンを俺の勝手な嫉妬心で縛りたくはないというのに…、
抑えることが出来ない自分が、嫌だった。」
静かに顔を上げたイアルの瞳を見て、彼女は思わず息を呑んだ。
その暗い色をした瞳には、苦笑の奥に、深い熱が浮かんでいた。
エリンは突如、イアルにじっと見据えられることで、落ち着かないような、心地良いような、不思議な感覚に身を包まれた。
不意に、首元に熱い手が触れるのを感じたが、エリンは全く身動きが出来なかった。
熱を秘めた瞳から目を逸らす事が出来ず、彼の手が徐々に上に上がっていくと共に、どうしても声が漏れた。
やっとの思いで口を開くと、囁くような声ながらも、必死に言葉を紡いだ。
「…、わたし…は、イアルさんのその、気持ち…嫌じゃありません、…。」
自身の声が震えているのは分かっていたが、今はそれに構っている暇はなかった。
彼女の言葉を聞いたイアルは手を止め、黙ってエリンの瞳を見つめた。
それを内心残念に思いながらも、エリンは再び口を開いた。
「だってそれは、イアルさんがわたしのことを…、愛してくれている、証拠でしょう、…?」
口にしてしまってから、エリンは恥ずかしさに顔を赤らめた。
おそらく、いや、確実に今、自身の顔は真っ赤に染まっているだろう、と感じながら、目の前のイアルの顔を見上げた。
イアルは口元を緩めると、手を上にゆっくりと上げ、エリンの頬で滑らせた。
「…あぁ、そうだな。」
イアルの顔が迫ったかと思うと、次の瞬間には唇に暖かいものが触れていた。
エリンが目を閉じる間も無く、その唇は離れていき、イアルは彼女の耳元に顔を寄せた。
「――……愛してる」
至近距離で囁かれたその言葉は、他のどんな言葉より、自然で、彼女の心にすっと染み込んだ。
再び顔を真っ赤に上気させたエリンの身体を、イアルはきつく、強く抱き締めた。
この心情の証に
(ありがとう、そしてこれからも)
→アトガキ