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□閉じた瞼に願い事
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自身に熱があると自覚すると、不思議なことに、今までよりずっと体が重く感じた。


熱からくる、ぼんやりとした痛みに顔をしかめたエリンに気づいて、気遣わしげに眉を下げていたイアルが、彼女に手を差し伸べた。


「寝室へ戻ろう。今日は一日、寝ていたほうがいい。」


束の間躊躇したエリンに、イアルは訝しげに、覗き込むようにしてエリンの顔を見た。

「でも、まだ朝餉の支度が……。」

その言葉を聞くと、イアルは少し呆れたような表情を浮かべたが、しかし、先程と同じような優しい声色で、エリンに話しかけた。

「朝餉の支度は、俺が代わりにしておく。

今日は他の仕事も俺がやるから、心配しなくていい。」


それでも申し訳なさそうに眉を下げるエリンを尻目に、イアルはエリンの手を引いて、寝室へ向かった。



イアルが、持ってきた布をエリンの額にのせると、彼女はあまりの冷たさに驚いて、寝具の中で身じろぎをした。

台所の冷水で冷やされ、折りたたまれた布が彼女の体温を少しでも下げることを願いながら、イアルは寝台の隅に腰掛けた。

膝に両手を置いて、身体を少々捻るようにして横を向き、寝台に寝ているエリンを見る。


次第に、額に置かれた布の冷たさに慣れてくると、エリンは頭上のイアルを見上げて、微笑んだ。


「―…ありがとうございます。

何だか、イアルさんには迷惑をかけてばっかりですよね。」

イアルは静かに小さく首を振り、熱で赤く上気してる顔を見つめた。

「俺のほうが、貴方に負担をかけてしまっているだろう。

……つらくないか?」


それが普段のことを聞いているのか、

熱が出ている、今のことを聞いているのかはよく分からなかったが、

それでも少しも戸惑うことなく、エリンは笑みを零しながら答えた。


「大丈夫です。

―………イアルさんが、何時も一緒に居てくれますから。」


イアルは目を細めると、彼女の柔らかな頬に触れた。

気持ちよさ気に目を瞑ったエリンは、そのままイアルに小さな声で話しかけた。


「……イアルさんに触れられる度、心臓が早鐘を打つようになるんです。

…心臓の音が大きくなって、…しっかり聞こえて、煩いくらいに。

なのに…、毎回イアルさんだけは落ち着いていて、正直ずるいです……。」


語尾にいくにつれてその声は小さくなっていったが、後半の言葉を聞いて、イアルは目を見開いた。


もとの表情に戻ったイアルが、彼女の名を呼んだときには、エリンはもう、深い眠りに落ちていた。

彼は、今しがた、小さな声で不満を述べたエリンに、微かに、しかし優しく笑いかけた。


(貴方に触れる時に、俺が落ち着いているわけがない。

―…今だって、心臓が飛び出しそうだというのに…。)


心の中でエリンに答えると、何故か一人気まずくなってしまい、イアルは思わずエリンから目を逸らした。

そして、毎度、彼女に自身の心臓の音が聞こえてしまうのではないかと恐れているのに、と頭の端で付け足す。

小さく息をついて、イアルはゆっくりと目線をエリンに戻した。


彼女が自分に、どこかふて腐れたように気持ちを告げるのは、珍しい。


(笑ってはいても、やはり熱が出れば、エリンも辛いのだろうな……。)


時折、熱に浮かされて何かを呟くエリンを見つめ、眉を幾らか下げながら、イアルは思った。

そして、自身の心を支配する願いが、出来るだけ早く実現する事を、ただ願った。



その後、彼の願いが叶った時には、イアルはこの上なく嬉しそうに、彼女に微笑んだ。



 閉じた瞼に願い事
  (…早く、あの太陽のような笑顔が見たい)


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