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□夜風に吹かれて
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俯いたままのエリンに、イアルは少し躊躇いながらも声をかけた。


「―…エリン、帰ろう」

彼女は伏せ目がちに顔を上げ、こっくりと頷いた。

しょんぼりと眉を下げたその表情に心を痛めながら、イアルは馬の手綱を握って、ゆっくりと歩き始めた。


冷たい夜の風が前から吹き付け、エリンが持っている燭台の蝋燭が、頼りなさげに揺れる。


両脇の木々も煽られて、音を立てながらその葉を揺らしている。

彼は、隣を歩くエリンが、すがるように蝋燭の火を見つめていることに気づいた。


初めは、自分と並んで歩いているのが気まずいのでそうしているのかと思ったが、

何度かエリンの横顔を盗み見るうちに、自分の考えが微妙に事実と食い違っているらしいと感じた。

小さくイアルの名を呼んで、こちらを向いたエリンの瞳は、やはり不安げに揺れていた。

草や木が、そして蝋燭の火が揺れるたび、彼女の瞳が、戸惑うような光を帯びる。


「……大丈夫だ」


イアルは囁くように言った。

「小屋まで、そう遠くはない。…あと、もう少しだ」

その言葉に頷きながらも、未だに揺れている瞳を見て、彼は歩く足を止めた。


エリンは突然のことに驚いて眉を上げ、自身を見つめるイアルを見上げた。

イアルほど夜目が利くわけではないエリンには、彼が今どんな表情をしているのかは、よく読み取ることができない。


静かに手を伸ばしたイアルは、外にいるために冷えてしまっているエリンの髪に触れた。

そしてそのまま彼女の後頭部に手を回し、自身に引き寄せた。

いきなり、イアルの胸に頭を押し当てる形になったエリンは、自分の心臓の音が急激に速くなっていくのを感じた。


暫くすると上から、宥めるようなイアルの声が降ってきた。


「心配するな」


黙ったまま顔を上げたエリンに、彼は何も言わずに顔を寄せた。

エリンは、額や頬に口付けをされて、自身の顔に熱が集まるのを感じた。


その後イアルは再度彼女を抱き寄せて、守るように抱き締めた。

先程は冷たいと思っていたあの風は、何故かもう、気にならなくなっていた。

それどころか、徐々に暑くなってきたように感じて、エリンは戸惑った。


幾らか時間が経つと、イアルはゆっくりと腕を解き、足踏みをしたり頭を振ったりしていた馬の手綱を握る。

どこか呆けた顔で自身を見つめるエリンと目が合うと、誤魔化すような笑みを浮かべた。

「行こう」

そう言って歩き出したイアルに並んで、エリンは小屋へと歩みを進めた。

夜の闇に包まれた暗い山道に、馬の蹄が地面を踏む音と、二人の足音だけが響いた。



 夜風に吹かれて
  (寒さも不安も、皆どこかへ去っていく)


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