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□世の中は退屈だらけ
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小さい頃から、父の商売を見て育ってきた。

だから、父が倒れて、俺が店を継ぐことになっても、さほど大変ではなかった。

妻も子供もいて、家は金持ちではないが、貧乏でもない。


今の生活に、不満があるわけではない。


けれど。

古い紙の匂いが漂う店の中で、客を待ってずっと一人で座っていると、時々退屈な気分になる。

このまま、ずっと変わり映えのしない生活をしていくのかと思うと、憂鬱になるんだなぁ。



店の前を、大勢の人が通り過ぎていく。

人だかりのあちらこちらから、人を呼び込もうとする商人の声が聞こえてくる。

そんな騒がしいほどの賑わいの中、俺は声をあげようともせず、ただ店の中で座り、歩く人々を見ていた。

無理に声をかけなくとも、客は自分の欲しいものを見つければ、買っていく。

それは、父から学んだ小さな知恵だった。

現に、静かなこの店に書物を求めて立ち寄る客も、少なくはないのだ。



不思議な男がいるな、と思ったのは、その日の昼過ぎだった。


俺は昼餉を店の奥で食べながら、店の書物を盗まれないよう、いつものように目を配っていた。

そんな時に、その男が俺の目に止まった。


隣の馬には幾つかの木材が積まれていたので、男は大工か職人をしているのだろう、と検討付けた。

しかし、彼の雰囲気は、そこらの大工や職人とは全く違ったもので、独特だった。

不穏なわけではないが、人を簡単には寄せ付けさせないような、そんな静かな空気を男は纏っていたのだ。


無意識に、俺は昼餉を口にしながら男を観察していた。

彼は暫く様々な店を見てまわっていたが、やがてこちらを向き、この店へ向かってきた。

それを見て、俺は慌てて食べていた手を止め、立ち上がって店へ出た。


俺がいつもの場所へたどり着いたのとほぼ同時に、男が馬を待たせて店へ入ってきた。

「いらっしゃいませ」

男は黙って店の中に並んでいる書物を見回し、次いで近くにあった書物を手に取って、順に軽く目を通した。


そうやって彼が書物を選んでいる間、俺は時の流れが急に静かになったように感じていた。


ほどなく男は、片手に数冊の書物を持って、俺に近づいてきた。

差し出された書物の値段を計算して伝えると、男はその値段丁度に小粒銀を出し、机に置いた。

「本がお好きなんですか?」

湧き上がる好奇心に勝てず、ついそう口にしてしまった。

「…いや。この書物は、土産だ。」

誰に、と言いかけて、俺は驚いた。


男は依然無表情だったが、先程とは違い、その雰囲気は柔らかく、どこか優しげなのだ。

しかしすぐに元に戻ると、俺から書物を受け取り、足早に店を去っていってしまった。



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