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□世の中は退屈だらけ
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その日以来、時折彼は店にやってくるようになった。
毎回必ず数冊の書物を買い、帰っていった。
彼がいう“土産”を贈られている人は相当書物が好きなのだろう、と思わずにはいられなかった。
ある日、その男が人を連れてやって来た。
一緒に来たのが女性だっただけでも少し意外だったが、二人が店に入ってくると、思わず俺は眉を上げた。
この店は入り口に扉や壁が無く、外からでも店の中が見えるように造られている。
太陽の光が入る明るい店の中、彼女の顔を俺が見ることができるのは、当たり前だ。
しかし、この時ばかりは、俺は自分の目を疑った。
その女性の瞳は緑色だったのだ。
緑の瞳は霧の民の血を表す。
そのことは、常識として何時の間にか頭に入ってきていた。
男は驚いている俺を気にもとめず、その女性に声をかけると、共に書物を選び始めた。
暫くは驚いて彼女から目を離せなかった俺も、時間が経つにつれ、そうやって驚いていることが馬鹿らしく思えてきた。
二人の客は、交わす言葉こそ少ないが、その周りは穏やかだった。
無愛想だと思っていた男の、彼女を見る表情は優しく、女性の方も、彼を見ると温和な笑みを零していた。
選んだ数冊の書物を女性に差し出されると、俺は知らないうちに彼女に微笑みかけていた。
「いつもありがとうございます」
一瞬戸惑った顔を見せたものの、すぐに彼女は笑みを返してくれた。
「こちらこそ、ありがとうございます。
このお店で売られていた本は、いつも楽しく読ませていただいています」
その笑顔は、何も含んでいない、あけっぴろげな明るい笑顔だった。
彼女は、値段はいくらか、と問い、その値段丁度に小粒銀を取り出した。
俺は、あまりにもあの日の彼とそっくりな様子に、思わず目を丸くし、その後笑みを浮かべた。
不思議そうに見つめてくる女性に軽く頭を下げて、男をちらりと見ると、彼は小さく片眉を上げてみせた。
「仲がよろしいんですね」
俺がそう言うと、二人は顔を見合わせて、微かに笑い合った。
二人の客が馬と共に去っていくのを見送ってから、俺は再び店の中で座った。
何ともいえない、楽しい気分だった。
夕暮れ頃に、遊びに行っていた子供と、それに付き添っていた妻が帰ってきた。
「お父さん、ただいま!」
「おかえり」
満面に笑みを浮かべて近寄ってきた息子の頭をなでると、泥と草の匂いが漂ってきた。
「何?今日はいいことでもあったの?」
俺は、訝しげにそう問うてきた妻の顔を見た。
「…いいこと…か。
ああ、そうかもしれないなぁ」
彼女は眉を寄せてなおも訝しげな表情だったが、俺は目を離して再び息子を見た。
代わり映えのしない毎日は、憂鬱なんて言っていいのものじゃない。
そんな普通の毎日が、俺の一番の幸せなのだ。
―…まぁ、少々退屈ではあるが。
俺は、子供らしい大きな目の奥に、あの二人の客を見たような気がして、自然と口元を緩めた。
名も分からない、不思議な客だけれど。
互いを尊重し合い、互いを信じ合っている、そんな人間を見つけたことが、何だか嬉しかった。
世の中は退屈だらけ
(けれど、面白いこともあるものだ)
→アトガキ