Request

□世の中は退屈だらけ
2ページ/3ページ



その日以来、時折彼は店にやってくるようになった。

毎回必ず数冊の書物を買い、帰っていった。

彼がいう“土産”を贈られている人は相当書物が好きなのだろう、と思わずにはいられなかった。


ある日、その男が人を連れてやって来た。

一緒に来たのが女性だっただけでも少し意外だったが、二人が店に入ってくると、思わず俺は眉を上げた。

この店は入り口に扉や壁が無く、外からでも店の中が見えるように造られている。

太陽の光が入る明るい店の中、彼女の顔を俺が見ることができるのは、当たり前だ。

しかし、この時ばかりは、俺は自分の目を疑った。


その女性の瞳は緑色だったのだ。


緑の瞳は霧の民の血を表す。

そのことは、常識として何時の間にか頭に入ってきていた。

男は驚いている俺を気にもとめず、その女性に声をかけると、共に書物を選び始めた。

暫くは驚いて彼女から目を離せなかった俺も、時間が経つにつれ、そうやって驚いていることが馬鹿らしく思えてきた。


二人の客は、交わす言葉こそ少ないが、その周りは穏やかだった。

無愛想だと思っていた男の、彼女を見る表情は優しく、女性の方も、彼を見ると温和な笑みを零していた。


選んだ数冊の書物を女性に差し出されると、俺は知らないうちに彼女に微笑みかけていた。

「いつもありがとうございます」

一瞬戸惑った顔を見せたものの、すぐに彼女は笑みを返してくれた。

「こちらこそ、ありがとうございます。

このお店で売られていた本は、いつも楽しく読ませていただいています」


その笑顔は、何も含んでいない、あけっぴろげな明るい笑顔だった。


彼女は、値段はいくらか、と問い、その値段丁度に小粒銀を取り出した。

俺は、あまりにもあの日の彼とそっくりな様子に、思わず目を丸くし、その後笑みを浮かべた。

不思議そうに見つめてくる女性に軽く頭を下げて、男をちらりと見ると、彼は小さく片眉を上げてみせた。


「仲がよろしいんですね」

俺がそう言うと、二人は顔を見合わせて、微かに笑い合った。


二人の客が馬と共に去っていくのを見送ってから、俺は再び店の中で座った。

何ともいえない、楽しい気分だった。


夕暮れ頃に、遊びに行っていた子供と、それに付き添っていた妻が帰ってきた。

「お父さん、ただいま!」

「おかえり」

満面に笑みを浮かべて近寄ってきた息子の頭をなでると、泥と草の匂いが漂ってきた。

「何?今日はいいことでもあったの?」

俺は、訝しげにそう問うてきた妻の顔を見た。

「…いいこと…か。

ああ、そうかもしれないなぁ」

彼女は眉を寄せてなおも訝しげな表情だったが、俺は目を離して再び息子を見た。

代わり映えのしない毎日は、憂鬱なんて言っていいのものじゃない。

そんな普通の毎日が、俺の一番の幸せなのだ。

―…まぁ、少々退屈ではあるが。


俺は、子供らしい大きな目の奥に、あの二人の客を見たような気がして、自然と口元を緩めた。

名も分からない、不思議な客だけれど。

互いを尊重し合い、互いを信じ合っている、そんな人間を見つけたことが、何だか嬉しかった。



 世の中は退屈だらけ
  (けれど、面白いこともあるものだ)


→アトガキ
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ