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□伸ばした手の先に
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―…行かないで、ください。

彼女は言った。

言って、イアルの腕を弱く握った。

起き上がろうとしていたイアルは、驚いて彼女の顔を見た。

そのエリンは、彼と目が合うと、ぼーっとしたまま微かに首を傾げたのだった。

そして突如破顔し、イアルさん、ととても小さな声で呟いた。


「…………………………」

黙ったまま、イアルは必死に、何とか落ち着こうと努力していた。


訳が分からない。

その思いが頭をぐるぐると巡り、一向に収まろうとしない。

そんな彼を知ってか知らずか、多分後者なのだろうが、エリンがイアルにぐっと顔を寄せた。

少し不思議そうに、彼を見つめたままきょとんとしている。

しかしその目は幾らかとろんとしていて、イアルの顔をはっきりと見れてはいないようだった。

体を寝かして、横にある布団を上に被せるだけで、すぐに眠ってしまいそうだ。


(…寝ぼけているんだ)

イアルは色々と考えた末、それにたどり着き、心の中で密かに頷いた。

たぶん彼女は、今自分は夢を見ている、と思っているのだろう。


「―…イアルさん、」

彼女は手を伸ばし、ゆっくりとした動作でイアルに抱きついた。

困惑して動けずにいるイアルをよそに、エリンは目を瞑って小さく微笑んだ。

「暖か、い…」

ぽつりと囁くように言って、彼の背に回した腕に、少し力を入れる。

それに気づいたイアルが、微かに目を細めた。

彼は腕をエリンの背に回し、包むようにその体を抱き寄せた。

「………、ぃ」

「?」

エリンが何か言ったような気がして、イアルはその顔を覗き込んだ。

「名前…、呼んでください…」

イアルは微かに眉を上げた。

「エリン、」

耳元で囁くように言うと、彼女の腕に力が込められる。

「エリン」

俯きながらも、耳を傾けているようだった。

何度かその名を呼んで、イアルは彼女の頭に片手をやった。

「……エリン」

押し殺した嗚咽が聞こえてくる。

「イアル、さん…」

「…何だ?」

「………イアルさん、」

エリンの体は震えていた。

縋るように、彼女はイアルの服を力無く握った。

「…俺はここにいる」

優しげに彼は囁いた。

エリンは下を向いたまま、微かに頷いた。

イアルはその顔を隠している髪をどけ、彼女の目元に触れた。

閉じられた瞳から涙が流れ落ち、イアルの指を濡らす。

親指で涙を拭き取りながら、彼は体を離して、エリンに顔を上げさせた。

頬や耳、鼻先は淡い赤に染まり、頬には涙の痕が薄く残っていた。

その顔を見たイアルは、黙ったまま小さく眉を下げた。

「…イアルさん、お願いです」

エリンは再び俯きつつ、そう呟いた。

「わたしの気分が収まるまで、一緒にいてください」

「分かった」

手を伸ばさなければ彼女が消えてしまいそうで、イアルはさっとその体を抱き込んだ。



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