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□その瞳に映るのは
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布を入れると、ちゃぷ、と、桶の中に入っていた水が音をたてた。

イアルは冷えた水が布に染み込んだのを確認してから、それをあげて絞った。

布から落ちる水滴が、光を一瞬受けて小さく煌いた。


今朝、エリンが熱を出した。

しかし彼女は、イアルにそれを指摘されるまで、自身の熱に気付いていなかった。

それどころか、そのまま朝餉の支度を始めていた。

彼は彼女の身を案じて、寝ているように言い、家事や仕事を引き受けたのだった。


冷たくなった布を額にのせても、エリンは目を覚まさなかった。

顔にほんのりと赤みがさしている。

小さく開いている唇から時折漏れる息は、苦しげなものを伴っていた。

汗でこめかみに張り付いている髪を、人差し指で横へ流す。

ふと、イアルは眉を下げた。

指に触れた肌が、先程よりも熱い。

熱が上がってきているのだ。

昼まであと少し。これから更に上がる可能性もある。

「…エリン」

名を呼んでも、それに答える明るい声は無い。

目を閉じて熱にうなされる彼女を見るのは、辛かった。



お盆を片手で持って部屋の戸を開けると、寝台の上で微かに身じろぎするのが見えた。

近づくと、エリンはうっすりとその瞼を上げた。

熱からくるのか、少し瞳が涙で濡れているようだった。

「起きれるか?」

彼は囁くように言った。

エリンは暫く答えず、ぼんやりとイアルを見上げていた。

やがて我に返ったように瞳を揺らすと、小さく頷いた。

彼女は、イアルに支えられながら、体を起こした。

まだ体が重いのだろうか。

ふらついた体に手をやって助けると、エリンが顔を上げた。

目が合い、その目がふっと和らいだ。

直後、口に手をやり、こほ、と堰をした。

心配げに眉を顰めたのに気付いたのか、それから彼女は小さく微笑んだ。

「…粥を作ってきた」

寝台横の小さな机にのっている粥からは、微かに白い湯気が上がっていた。

「ありがとうございます」

鍋から茶碗へそれをうつしてから、イアルは彼女を見た。

食べられる、というようにエリンは頷き、片手を布団から上げた。

彼は一瞬躊躇った後、気をつけながら茶碗を手渡した。



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