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□行き場のない葛藤と
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――…

空が青い。

見ていて目が痛くなるような、それほどまでに青い空だ。

その空に向かって、体が上へと上がっていく。

なすすべも無く、遠ざかっていく地面を見つめていると、何かがぼんやりと透け見えたような気がした。


目を凝らして、息を呑む。

―…エリン。

怪我を負っているのだろうか。

地面に俯せに横たわったまま、ピクリとも動かない。

身を裂くような不安と焦りが、彼を取り巻いた。

―…エリン。

叫んでいるはずなのに、声は届かない。

そうしている内にも、自身の体は上空に向かって徐々に上がっていく。

嫌だ。

彼女を、エリンを、…失いたく、ない。

せり上げてくる感情に押されるように、イアルは叫んだ。

―エリン…!



「イアルさん、…イアルさん」

体を揺すぶられる感覚で、イアルは薄っすらと目を開けた。

夜明け前なのだろうか、部屋の中はまだ暗かった。

その暗さの中に、エリンの顔が浮かび上がっている。

彼女は横から覗き込むようにして、イアルを見つめていた。

心配げに瞳を揺らしている。


イアルが目を開けたのを見ると、エリンは寝台を下り、部屋に置いてある箪笥に近づいた。

微かに木の香りのする箪笥の引き出しを開け、中に入っていたものを手に取ってから、再び寝台へと引き返す。


寝台の横で屈み、彼の額に浮かんでいる汗を布で拭きながら、エリンは静かに言った。

「…酷くうなされていました。」

焦点の合わない目でエリンを見つめていたイアルは、不意にその唇を震わせた。

「―…エリ、ン」

名を呼ばれて手を止めた彼女と目が合うと、イアルが、長く息をついた。

眠りから決別するかのように起き上がり、片手で自身の額に触れる。

「夢を見た。

…嫌な、夢だった。妙に現実的で…」

そこまで言うと、イアルは深く息を吸った。

肺に入ってくる空気が、微かに冷気を帯びている。

それが、今のこの瞬間が夢ではないことを証明してくれているようで、心の中で感謝すると共に、安堵した。


エリンから布を受け取り、自身の額に浮かんでいた汗を拭いながら、イアルは黙ったままじっと虚空を見つめていた。

その横顔を見つめるエリンもまた、口を開かず、何も問うたりはしなかった。


(…あれは《降臨の野》で見た光景だ)

寝台に横になり、天井をぼんやりと見上げながら、彼は先程の夢を思い起こしていた。

《降臨の野》での奇跡。

王獣がシュナンを乗せ、エリンを残して天へと飛び立ったあの瞬間。

かなりの時間が経った今でも、あの時の光景ははっきりと思い出すことが出来る。

絶望感。焦り。恐怖。そんな言葉では言い表すことの出来ない感情を、今でも覚えている。


エリンは、普通の、一人の人間だ。

しかし、エリンのこの先辿る道は、普通の人間とは違う、厳しい道だろう。

この国の、暗く深い谷穴へ、否応にも引きずり込まれてしまう。

王獣を操る力は、一人の人間の運命を左右してしまうほど、この国にとっては、切り札でもあり脅威なのだろう。

(だとしても…)

そのために、彼女が、彼女の愛する王獣が、利用される未来がいつかくるかもしれないということは、イアルには耐えがたかった。

エリンは、王獣を武器にするためにこれまでを生きてきたのではない。

ただ、王獣と共に生きたい、そう思って過ごしてきただけなのだ。

その思いが伝わったからこそ、リラン達王獣は彼女に心を許したのだと、イアルは思っていた。



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