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□行き場のない葛藤と
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―…

以前、箪笥を作っている彼に、問いかけたことがある。


何故、自分の傍に居てくれるのか。

何故、ずっと共に居ると、誓ってくれたのか。


何気ない風に装って言葉を紡いだけれど、彼は気づいていたかもしれない。

言葉が震え、握った拳には力が入らなかった。

心の底で、吐き出してしまいたい言葉が、ぐるぐると渦を巻いていた。

…わたしはきっと、貴方を不幸にしてしまう。

 わたしと出会わなければ手に入れられたであろう貴方の幸せを、いつかきっと奪ってしまう。


しかし、それを口に出すことはしなかった。

それを言ってしまったら、この毎日が壊れてしまうような気がしたのだ。


何故、という問いかけに、イアルは箪笥を作っていた手を止めて、顔を上げた。

視線がかち合って、気恥ずかしさと不安で思わず俯こうとしてしまう。

そうしたいのを堪えてその瞳を見つめ返していると、彼が静かに口を開いた。


「…その問いに答えるのは、少々難しいな。

―…エリンだから、というのが、一番しっくりくるだろうか」


好きだから、とか、愛しているから、というような類の言葉は、口にしなかった。

彼は、不確かな愛の言葉ではなく、率直な理由を、答えとして伝えたのだ。

無意識に自身の頬が緩むのを、エリンは感じた。

沸きあげてきた安堵や嬉しさ、そして愛しさが、心の中で渦巻いていたものを溶かしていっているようだった。


しかし、黒々とした負い目の感情は、容易く消えてはくれなかった。

彼の幸せを願うならば、わたしは共に居るべきではない。

いずれ、リラン達との絆を利用され、この国の切り札という影へと、わたしは引きずり込まれていくだろう。

それに彼を巻き込まない為には、今のうちに離れるべきなのだ。

しかし、それは出来なかった。

もう既に、自分の心には、彼との日々が刻み込まれてしまっている。

それを手放す事は…もはや不可能だった。


自分一人の感情がために、わたしは貴方を巻き添えにしてしまうだろう。

そのことが分かっているのに、そうしたくないのに……、


―…

燭台の火を吹き消すと、あっという間に部屋の中は暗がりに満ちた。

蝋燭を見て、まだ充分使える長さが残っている事を確認すると、エリンは寝具の中に体を潜り込ませた。

もう眠ったのだろうか、隣で寝ているイアルは、身じろぎ一つしなかった。

エリンは、規則正しい彼の寝息を聞きながら、静かに目を瞑った。


(…離れる事は出来なくとも、)

二人で共に、明日を生きていく事は出来る。

彼に対する負い目も、愛しさも、その他全ても抱えて、生きていこう。


ふと、イアルが、嫌な夢を見た、と言っていたのを思い出した。

顔を動かして瞼を上げると、イアルの横顔が、闇の中に透け見えた。


静かな表情で眠っている彼は、何か夢を見ているのだろうか。

その夢が彼にとって苦しいものではないことを願って、エリンは僅かに体を寄せた。

寝台の温もりに包まれるようにして、ゆっくりと彼女は眠りに落ちていった。



 行き場のない葛藤と
  (幸せを願っているからこそ、余計に辛いけれど、それでも)


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