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□過去の秘め事
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背後で、扉の取っ手が回される音がした。
窓辺に居たイアルが振り返った直後、扉が開かれて人影が入ってきた。
イアルと同じくらいの背のその少年は、イアルの顔を見て、にやりと笑った。
「よぉ」
「…入っていいかの合図くらいはしろって、いつも言ってるだろ」
思わず呆れた溜め息をつき、イアルが言う。
しかし、カイルはそれを軽く笑いで受け流すと、ぐるりと部屋の中を見回した。
「お前、こんな時間なのに、何で明かりをつけてないんだ?」
机の上に放置されたままの燭台に目を留めたカイルが、暗闇に佇む友人に問う。
イアルは何も言わなかった。
暗がりに沈む部屋の中に、月明かりがくっきりと映えている。
「……そうだ、イアル。
俺さ、外に行かないかって、お前を誘いにきたんだよ」
思い出したように、明るい声で言ったカイルに、イアルは眉を寄せた。
「外?」
「そうそう。こんなに月が綺麗なんだしさ。
どうせお前、今夜は番役も無くて暇なんだろ?」
「…でもカイル、お前は今夜、屯所裏の見張りの当番じゃなかったか?」
訝るようにそうイアルが言うと、カイルは小さく肩を竦めた。
ばれたか、という心の声が、はっきりとカイルの表情には表れていた。
「まぁ、確かにそうなんだけど。
…だからイアルを誘いに来たんだって。暗い夜の中、一人じゃ寂しいだろ?」
「頼む」と両手を合わせるカイルを見、イアルは溜め息をついた。
《堅き楯》に属する者は、通常、王宮内の宿舎か屯所で寝泊りをする。
イアルやカイルのような訓練生は、主に宿舎を使用し、訓練を終えて正式な隊員となった者は屯所を使用する、という形になっていた。
訓練期間終了まで一年を切ると、月に何度かの番役が回ってくるようになる。
正式な《堅き楯》となった時、既に王宮内の構造が把握できている状況を作る為、というのが理由らしい。
その番役の一つである屯所裏の見張りは、訓練生の中で最も嫌がられている役だった。
宿舎から屯所までは幾らか距離があり、その間の道は舗装されていない上、常に薄暗い。
夜にその道を歩くのは心細くもあったが、しかし、一番の理由は、話し相手が居なくてつまらない、というものであった。
誰かと語り合ったり、笑ったりするのが好きなカイルにとっては、一層退屈な役なのだろう。
「…で?」
呆れ顔でイアルが言い、カイルがふと目線を上げる。
「お前は一体、俺にどうしてほしいんだ?
俺がその誘いを断ることぐらい、分かってるんだろう」
「やっぱ、気付いてたか…」
カイルは苦笑した。
次いで、合わせていた両手を下ろすと、どかっと近くにあった椅子に座った。
「見張りの交代時間になるまで、ここに居てもいいか?
一人で部屋に居てもつまんねぇんだよ」
「……もう勝手にしろ」
今までで一番大きな溜め息をつきながら、イアルは首を振った。
カイルとは、数年前からの腐れ縁だ。
入隊して暫く経った頃から、何故か、カイルはやたらと付き纏ってくるようになった。
そうして共に数年を過ごしていたから、イアルは、諦めるということの必要性を感じ取っていた。
「―……こういう夜って、昔が懐かしくならねえか?」
不意に、カイルがぽつりと言った。
月明かりは床に落ち、カイルの横顔は闇の中に沈んでいる。
イアルは目を凝らしてみたが、その横顔から、表情は読み取れなかった。
「どうしたんだ、突然」
「……」
「カイル?」
衣擦れの音がした。
「イアルはさ、家族や友達のこととか、思い出さないのか?」
カイルの声には、微かに憂いのようなものが混ざっていた。
いきなりの質問に、イアルは眉を顰めた。
今さら、何を思い出すというのだろうか。
「お前は、家族や友達が懐かしいのか」
「…当たり前、だろ」
やや強い口調で言ってから、カイルは頭を乱暴にかきあげた。
「毎日毎日、朝早くから夜まで訓練訓練。
…俺達は、何の為に生きてるんだよ」
それに答えなど無いということは、カイルも分かっているはずだった。
分かっていても、問わずにはいられないのだ。
生きたいのだ。《堅き楯》の訓練生としてではなく、人として。