Request

□祝福の来訪
1ページ/4ページ



青々と生い茂った木々の上から日が差し、木漏れ日となって地面を照らす。

山特有の清々しい空気をさらに明るくするかのように、頭上では小鳥の囀りが聞こえている。

人気は無いに等しいものの、それらの要因が重なってか、山奥の暗い雰囲気は感じない。

少し離れたところには川が流れているのだろう、微かに水の音さえ聞こえてくる。


そんなある山の道を、一人の男が歩いていた。

大柄な体格で、職人風の衣を纏い、頭には傘を被っている。

一見すると職人階級の男かと感じるのだが。

しかし、男には隙が見当たらず、王都でよく見かける職人達とはどこか違う気を、その身から放っている。

その違いは、山道であるのに馬も連れず、旅装もしていない、という点からも感じられた。

ただ、傘で隠れた目だけは、他の外見とはうって変わり、子供のようにせわしなく、珍しそうに辺りの草木を眺めていた。

職人風の男が、たった一人、人気の無い山道を歩いているというのは、傍から見れば、何となく不自然な光景でもあったのだが。

当の本人には、そんな考えは無いらしい。

「…あいつ、驚くかな」

自然に軽い足取りとなった男の顔は、いたずらを企む子供の、それであった。


―…

男が歩いている少し先に、一つの小さな小屋が建っていた。

小屋の前には物干し竿が置かれているが、その周りには、人の姿はおろか、干されるべきであるはずの洗濯物さえ見当たらない。

と、不意に、小屋の扉が内側から開かれ、中から人影が現れた。

その女性、エリンは、多くの洗濯物が積まれた籠を、その腕に抱えていた。

見るからに重そうなその籠を、エリンは慣れた手つきで抱え、歩き出す。

エリンは、どかっと物干し竿の近くに籠を下ろすと、ふーっと息をついてから、袖を軽く捲り上げた。

(…イアルが帰ってくるまでに、終わらせてしまおう)

そう意気込みながら、洗濯物干しを開始する。

澄んだ風が吹き、空は気持ちよく晴れ渡っている。

この日は、絶好の洗濯日和であった。


と、突然、低い唸り声が、風に乗って微かに聞こえてきた。

それが、リラン達王獣の警戒音だと気が付いて、エリンは洗濯物を干していた手を止めた。

散歩に行ったイアルが、戻ってきたわけではない。

もしイアルならば、リラン達がこのようなあからさまな警戒音を発する筈が無いのだ。

カザルムからの来訪者だという可能性も、同じような理由で、低いだろう。

だとすれば。

― 王宮からの使者…?

早鐘のように慌しく打っている心ノ臓を宥めようと、エリンは静かに深呼吸をする。

洗濯物を掴む手に力が込められるのを、自覚した。

エリンは、意識しながらゆっくりと瞬きした。

瞼を上げるのと同時に、その顔を前へ向ける。


風に乗って伝わる王獣の鳴き声と共に、草を踏む足音が聞こえてくる。

エリンは手に持っていた衣を籠に戻し、横に移動して、目の前の洗濯物の壁から姿を出した。

同時に、こちらへ向かっていた人物の足が止まる。

落ち着いてその男と向き合ったはずのエリンは、しかし、その姿を見て思わず目を丸くした。

山だというのに、馬も連れていなく、旅装さえもしていない。

まるでその格好は、王都を歩いている職人の男が、そのまま山へ現れたかのような、そんな違和感を醸し出していた。

ただ、エリンはそれよりさらに、何かひっかかるものを男に感じた。

それは、その人間が纏う空気。

以前のイアルにも似た、いわゆる武人のような隙の無い雰囲気を、男は纏っている。

「こんにちは。…エリンさん、ですよね?」

名を呼ばれてから、エリンは思わず目を瞬く。

この男に、自分はどこかで会っている。確証があるわけではないが、そんな感じがした。

「はい、エリンです。

あの、失礼ですが、貴方は…?」

男はちらりと笑った。

「―…私はカイルといいます。

会うのは初めてではないのだが…、覚えてますか?」

「カイルさん」

名を呟いてから、こくりと頷く。

イアルの旧友で、真王の護衛士≪堅き楯≫の一員。

お久しぶりです、と返すと、カイルは目元を緩めて笑った。



次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ