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□祝福の来訪
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青々と生い茂った木々の上から日が差し、木漏れ日となって地面を照らす。
山特有の清々しい空気をさらに明るくするかのように、頭上では小鳥の囀りが聞こえている。
人気は無いに等しいものの、それらの要因が重なってか、山奥の暗い雰囲気は感じない。
少し離れたところには川が流れているのだろう、微かに水の音さえ聞こえてくる。
そんなある山の道を、一人の男が歩いていた。
大柄な体格で、職人風の衣を纏い、頭には傘を被っている。
一見すると職人階級の男かと感じるのだが。
しかし、男には隙が見当たらず、王都でよく見かける職人達とはどこか違う気を、その身から放っている。
その違いは、山道であるのに馬も連れず、旅装もしていない、という点からも感じられた。
ただ、傘で隠れた目だけは、他の外見とはうって変わり、子供のようにせわしなく、珍しそうに辺りの草木を眺めていた。
職人風の男が、たった一人、人気の無い山道を歩いているというのは、傍から見れば、何となく不自然な光景でもあったのだが。
当の本人には、そんな考えは無いらしい。
「…あいつ、驚くかな」
自然に軽い足取りとなった男の顔は、いたずらを企む子供の、それであった。
―…
男が歩いている少し先に、一つの小さな小屋が建っていた。
小屋の前には物干し竿が置かれているが、その周りには、人の姿はおろか、干されるべきであるはずの洗濯物さえ見当たらない。
と、不意に、小屋の扉が内側から開かれ、中から人影が現れた。
その女性、エリンは、多くの洗濯物が積まれた籠を、その腕に抱えていた。
見るからに重そうなその籠を、エリンは慣れた手つきで抱え、歩き出す。
エリンは、どかっと物干し竿の近くに籠を下ろすと、ふーっと息をついてから、袖を軽く捲り上げた。
(…イアルが帰ってくるまでに、終わらせてしまおう)
そう意気込みながら、洗濯物干しを開始する。
澄んだ風が吹き、空は気持ちよく晴れ渡っている。
この日は、絶好の洗濯日和であった。
と、突然、低い唸り声が、風に乗って微かに聞こえてきた。
それが、リラン達王獣の警戒音だと気が付いて、エリンは洗濯物を干していた手を止めた。
散歩に行ったイアルが、戻ってきたわけではない。
もしイアルならば、リラン達がこのようなあからさまな警戒音を発する筈が無いのだ。
カザルムからの来訪者だという可能性も、同じような理由で、低いだろう。
だとすれば。
― 王宮からの使者…?
早鐘のように慌しく打っている心ノ臓を宥めようと、エリンは静かに深呼吸をする。
洗濯物を掴む手に力が込められるのを、自覚した。
エリンは、意識しながらゆっくりと瞬きした。
瞼を上げるのと同時に、その顔を前へ向ける。
風に乗って伝わる王獣の鳴き声と共に、草を踏む足音が聞こえてくる。
エリンは手に持っていた衣を籠に戻し、横に移動して、目の前の洗濯物の壁から姿を出した。
同時に、こちらへ向かっていた人物の足が止まる。
落ち着いてその男と向き合ったはずのエリンは、しかし、その姿を見て思わず目を丸くした。
山だというのに、馬も連れていなく、旅装さえもしていない。
まるでその格好は、王都を歩いている職人の男が、そのまま山へ現れたかのような、そんな違和感を醸し出していた。
ただ、エリンはそれよりさらに、何かひっかかるものを男に感じた。
それは、その人間が纏う空気。
以前のイアルにも似た、いわゆる武人のような隙の無い雰囲気を、男は纏っている。
「こんにちは。…エリンさん、ですよね?」
名を呼ばれてから、エリンは思わず目を瞬く。
この男に、自分はどこかで会っている。確証があるわけではないが、そんな感じがした。
「はい、エリンです。
あの、失礼ですが、貴方は…?」
男はちらりと笑った。
「―…私はカイルといいます。
会うのは初めてではないのだが…、覚えてますか?」
「カイルさん」
名を呟いてから、こくりと頷く。
イアルの旧友で、真王の護衛士≪堅き楯≫の一員。
お久しぶりです、と返すと、カイルは目元を緩めて笑った。