Project
□言の葉というもの
1ページ/6ページ
「―…同窓、会?」
エリンは驚いたように眉を上げ、呟いた。
彼女が視線を落としているのは、淡い桃色の紙に、細筆で書かれた文。
そしてその文章の内容とは、来月カザルム学舎で行われるという、同窓会についての知らせであった。
ただエリンの知る限り、カザルム卒業生の同窓会は今まで行われたことはなかった。
そのことに疑問を感じていた彼女は、ふと、案内状の下部に書き添えられていた文に気付き、思わず小さく笑みを零した。
字からして、これを書いたのはおそらく、カザルム学舎の教導師長であるエサル自身なのだろう。
彼女らしい達筆な字で、カシュガンとユーヤンの夫婦が同窓会の提案をしてきたこと、
そして、その提案に、カリサやトムラを初めとした多くの教導師達が賛成し、自身に許可を求めてきた事などが、そこに書かれていた。
『―… あの子は、本当に変わらないわね。久しぶりに会ってみて、つい笑ってしまったわよ。ユーヤンは、本当に元気そうだった』
カシュガンと並び、その顔いっぱいに笑みを浮かべながら、エサルに提案する彼女の姿が、安易に想像できた。
「…同窓会、か」
エリンは再び呟くと柔らかく笑って、そのまま、くるりと振り向いた。
視線を巡らせた先には、こちらに背を向け、座敷で仕事をしているイアルの姿。
背からだけでも伝わってくるその集中力に、一瞬声をかけるのを躊躇いながらも、エリンが小さくその名を呼ぶと、彼はすぐに振り向いた。
「どうした?」
「仕事中にごめんなさい。…少しいいかしら」
イアルは、ああ、と答えてから、手に持っていた鑿を置いて、体ごと振り返った。
仕事を中断させてしまったことに罪悪感を感じながらも、彼に近づいて、持っていた案内状を手渡してみせる。
「カザルムでね、同窓会をするそうなんです」
彼女の言葉に頷きながら、イアルは手渡された案内状に目を通していく。
そのうち、ふと顔をあげると、目の前に座っていたエリンを見た。
「この日取りなら、仕事も片付いている頃だ。
俺も、保護場までは付いていくよ」
「本当ですか?」
と、エリンが明るい笑みを浮かべる。イアルはそれを見ながら、小さく苦笑し、呟いた。
「…貴女1人で行かせるのは、まだ不安だしな」
「?」
何故ですか、というように視線を向けたエリンを見上げ、イアルは再び口を開いた。
「―…乗れると言った貴女の乗馬。まだ忘れてはいないぞ」
からかうような笑みを宿した瞳に、エリンが、むぅ、と小さく口を尖らせる。普段大人びて見える彼女も、こうすると、まるで子供のようだ。
「感覚を思い出しきれていなかった、だけですよ」
「そうだと分かってはいる。…ただ、山道を一人で進んでいるとき、何かあったとしても、直ぐに駆けつけることができるか、わからない」
苦笑したイアルの言葉で、口は尖らせたまま、小さく肩を竦める。
エリンは昔、養父のジョウンと暮らしていたときに、乗馬は習った。山道も、何度も馬に乗って通ったことがある。
その頃の自分であったなら、馬に乗って一人で山道を行くなど、いとも容易いことであっただろう。
ただし今は、完全に乗馬の仕方を思い出したわけではない。確かに、彼の言う通りなのだ。
とにかく、といった感じで、エリンが顔を上げる。
「ありがとうございます、イアルさん」
微笑んだ彼女につられるように、イアルも目元を緩める。次いで、ふと口を開く。
案内状の≪日時≫の欄に、昼餉時前より、と書かれていたのを思い出したのだ。
「…昼餉時前にカザルムへ行くなら、前の日には出なければならないな。夜はどこか、街の宿に泊まろうか」
「ああ、はい。そうした方がいいですよね」
気づかなかった、と眉を上げる。と同時に、そこまで気がいかない自分に対する苦笑も、小さく浮かべたのだった。