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□言の葉というもの
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「―…同窓、会?」

エリンは驚いたように眉を上げ、呟いた。

彼女が視線を落としているのは、淡い桃色の紙に、細筆で書かれた文。

そしてその文章の内容とは、来月カザルム学舎で行われるという、同窓会についての知らせであった。


ただエリンの知る限り、カザルム卒業生の同窓会は今まで行われたことはなかった。

そのことに疑問を感じていた彼女は、ふと、案内状の下部に書き添えられていた文に気付き、思わず小さく笑みを零した。

字からして、これを書いたのはおそらく、カザルム学舎の教導師長であるエサル自身なのだろう。


彼女らしい達筆な字で、カシュガンとユーヤンの夫婦が同窓会の提案をしてきたこと、

そして、その提案に、カリサやトムラを初めとした多くの教導師達が賛成し、自身に許可を求めてきた事などが、そこに書かれていた。

『―… あの子は、本当に変わらないわね。久しぶりに会ってみて、つい笑ってしまったわよ。ユーヤンは、本当に元気そうだった』

カシュガンと並び、その顔いっぱいに笑みを浮かべながら、エサルに提案する彼女の姿が、安易に想像できた。


「…同窓会、か」

エリンは再び呟くと柔らかく笑って、そのまま、くるりと振り向いた。

視線を巡らせた先には、こちらに背を向け、座敷で仕事をしているイアルの姿。

背からだけでも伝わってくるその集中力に、一瞬声をかけるのを躊躇いながらも、エリンが小さくその名を呼ぶと、彼はすぐに振り向いた。

「どうした?」

「仕事中にごめんなさい。…少しいいかしら」

イアルは、ああ、と答えてから、手に持っていた鑿を置いて、体ごと振り返った。

仕事を中断させてしまったことに罪悪感を感じながらも、彼に近づいて、持っていた案内状を手渡してみせる。

「カザルムでね、同窓会をするそうなんです」

彼女の言葉に頷きながら、イアルは手渡された案内状に目を通していく。

そのうち、ふと顔をあげると、目の前に座っていたエリンを見た。

「この日取りなら、仕事も片付いている頃だ。

俺も、保護場までは付いていくよ」

「本当ですか?」

と、エリンが明るい笑みを浮かべる。イアルはそれを見ながら、小さく苦笑し、呟いた。

「…貴女1人で行かせるのは、まだ不安だしな」

「?」

何故ですか、というように視線を向けたエリンを見上げ、イアルは再び口を開いた。

「―…乗れると言った貴女の乗馬。まだ忘れてはいないぞ」

からかうような笑みを宿した瞳に、エリンが、むぅ、と小さく口を尖らせる。普段大人びて見える彼女も、こうすると、まるで子供のようだ。

「感覚を思い出しきれていなかった、だけですよ」

「そうだと分かってはいる。…ただ、山道を一人で進んでいるとき、何かあったとしても、直ぐに駆けつけることができるか、わからない」

苦笑したイアルの言葉で、口は尖らせたまま、小さく肩を竦める。


エリンは昔、養父のジョウンと暮らしていたときに、乗馬は習った。山道も、何度も馬に乗って通ったことがある。

その頃の自分であったなら、馬に乗って一人で山道を行くなど、いとも容易いことであっただろう。

ただし今は、完全に乗馬の仕方を思い出したわけではない。確かに、彼の言う通りなのだ。


とにかく、といった感じで、エリンが顔を上げる。

「ありがとうございます、イアルさん」

微笑んだ彼女につられるように、イアルも目元を緩める。次いで、ふと口を開く。

案内状の≪日時≫の欄に、昼餉時前より、と書かれていたのを思い出したのだ。

「…昼餉時前にカザルムへ行くなら、前の日には出なければならないな。夜はどこか、街の宿に泊まろうか」

「ああ、はい。そうした方がいいですよね」

気づかなかった、と眉を上げる。と同時に、そこまで気がいかない自分に対する苦笑も、小さく浮かべたのだった。



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