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□過ぎし日の温もり
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「ジェシ、転ぶから、少し待ちなさい!」

慌てた様子で呼びかけながら、数歩先を、エリンがジェシの後を追って走っていく。

遊んでいるのだとでも思っているのか、母とは違い、ジェシのほうは走りながら楽しそうに声をあげている。

そんな母子の姿を眺めながら、エリンの夫であり、ジェシの父であるイアルは、小さく口元を緩めた。

「おいエリン、足元の石に気をつけろよ」

彼特有の、低く落ち着いた声を聞き取ったエリンが、驚きながらも、つまづかないように石を避ける。

そのまま彼女は、目の前にいた息子に近づくと、ぐっと腕を伸ばして、その小さな体を包むように抱きすくめた。

「捕まえたっ」

うわぁ、とジェシがはしゃぐ。エリンは微笑を浮かべながら腕を解き、その代わりに、ジェシの手を握った。

「もう少しゆっくり行こう、ジェシ。折角の散歩なんだから」

「はしったほうが、たのしいよー」

「ゆっくり歩くのも、楽しいわよ?」

口を尖らせるジェシを、エリンが覗き込んだ。が、ジェシは黙ったまま、ぷくっと頬を膨らませる。


エリンが苦笑を浮かべた時、いつの間にか傍らに来ていたイアルが、息子と視線を合わせるように腰をかがめた。

「ジェシ」

父に呼ばれて、ジェシが顔を上げる。目線が合うと、イアルは微かに微笑みかけた。

「ジェシは、動物が好きだろう?」

「うん、」

動物、と聞いたジェシの瞳が、ぱっと輝きを放つ。それを見つめるイアルの笑みが深くなった。

「歩いていたら、動物が見えるかもしれないぞ」

「ほんと!?」

太陽のような明るい笑みが、ジェシの顔に満ちる。今にも飛び上がりそうな喜びを、その顔一杯で表していた。

「…そっか。栗鼠とか兎とか、この辺りはよく見かけるものね」

納得したようにエリンが呟く。二人に笑いかけると、イアルは息子の頭に手を乗せた。

「走っていくか、歩いていくか、どうする?」

「あるく!」

大きく元気な返事。それに頷くと、イアルはジェシの手を握って、歩き始めた。その横を、嬉しそうにジェシが歩く。

反対側の手を握っているため、つられるようにしてエリンも歩き出した。


少し驚いた様子だったエリンは、不意に視線をイアルに向けると、その横顔を見つめながら、僅かに肩を竦めた。

「……本当にあなたは、ジェシを説得するのが上手いわね」

「そうか?」

小さな声で呟いたつもりだったが、イアルには聞こえたらしい。

一瞬戸惑ってから、エリンはイアルに、そうよ、と返した。

それを受けたイアルが、どこか困ったようにしながらも、小さく笑みを零す。

と、その時。

「あっ!」

エリンとイアルに手を引かれていたジェシが、突然声をあげた。

何事かと振り向き、その先にあったジェシの顔を見て、エリンは思わず瞬きをした。

こぼれそうなくらいに大きく見開かれた瞳はきらきらと輝き、ジェシは、満面の笑みを浮かべていた。

「ジェシ?」

首をかしげながら、エリンが名を呼ぶ。反対側のイアルも、振り返ってジェシを見た。

「いま、りす!りすがいま、いた!」

興奮がちな声を聞いて、エリンとイアルは、息子が指差している方に顔を向けた。

なるほど確かに、目をこらすと、少し離れた所に立っている木の、上の枝のほうの木の葉が揺れているように見える。

しかし既に、そこには、ジェシの言う栗鼠の姿は無かった。

「いまね、いたんだよ?ほんとに、りすがっ」

早口で捲くし立てる息子に目線を戻すと、エリンは小さく笑みを浮かべた。

「そうね。きっと、驚いて隠れちゃったんだわ」

それを聞いたジェシが、ええっと残念そうな声をあげる。その次の瞬間には、彼は先程の木に向かって走り出していた。

「え、ちょっと、ジェシ!」

「さがすー!」

焦ったような声が返ってくる。あの林の中から、栗鼠を見つけようというのか。

困ったエリンが傍らを見上げると、丁度イアルもこちらを見た。

「…とりあえず、追いかけよう」

微苦笑を浮かべて言う。エリンは頷くと、駆けていった息子を追って歩き出した。



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