Project
□過ぎし日の温もり
2ページ/6ページ
木々が生い茂る林の中。
草を掻き分け、がさがさという音をたてながら、ジェシはその中を歩き回っていた。
彼を追ってきたエリンとイアルは、それを見つけるなり、思わず顔を見合わせて小さく笑い合った。
まだ、母親の腰の辺りにしか届かないジェシの背丈。茎の長い草に体の大部分は埋もれ、まるで、小熊が動き回っているようだ。
その小熊は、両親に気付いて顔を上げると、眉を下げて口を開いた。
「…りす、どこにかくれたの?」
残念そうに、というより、悲しそうに言う。ジェシが落胆していることが、遠目にでもはっきりと分かった。
エリンはぐっと木々を見上げると、木漏れ日に目を細めながらも、どこかに動くものが無いか、注意して見回した。
けれど、栗鼠らしき影は、どこにも見当たらない。先程の枝も、今はもう揺れてはいなかった。
「いないわね…」
観念してエリンが呟くと、ジェシは、うーと声をあげながらその場にへたり込んだ。
エリンはその様子を見ると、苦笑しながら近づいて、息子を抱き上げた。
拗ねてしまったのだろう、ジェシはエリンの肩に顔を埋めたまま、黙り込んだ。
「巣へ戻っちゃったのよ、多分…。ほらジェシ、元気出して?」
何も言わないジェシに眉を下げ、エリンは前を向く。
その時、彼女は、どこかから風に乗って、小さな水音が聞こえてくることに気付いた。
じっと黙って、耳を澄ませてみる。
やはり、水が流れるような音がする。
「イアル」
呼びかけながら振り向くと、夫はこちらへ歩いてくるところであった。
自身を呼ぶ声に反応して顔を上げたイアルに、聞こえる?と問う。
イアルは暫く耳を傾けるように視線を落とすと、ふと顔を上げた。
「…川、か」
「やっぱり、聞こえるわよね?」
イアルは、自身よりも耳が良い。
その彼も水の音を聞いているのだから、近くに川があることは間違いないのだろう。
「ジェシ、川を探してみない?」
「………かわ?」
少しの間をおいて、躊躇いがちにジェシが言葉を繰り返す。一応、興味はひけたようだ。
「さかなとか、いる?」
「ええ、きっといるわよ」
「…みつけたら、およいでもいい?」
「……泳ぐのはだめ。替えの服は持ってきていないもの」
ええーっと、不満げな声が上がる。
勢い良く顔を上げた息子を見ながら、エリンは口を開いた。
「でも、水遊びくらいならしてもいいわよ。ただし、短跨の裾と、服の袖はきちんと捲くってね」
「やったぁ!」
すっかり機嫌が直ったらしい息子に安堵しながら、エリンがそっとジェシをおろす。
足が地面についた直後、ジェシは、ぱっと駆け出した。
「あ、ちょっと、ジェシ!」
「ジェシなら大丈夫だろう、心配するな」
慌てて追いかけようとしたエリンを、イアルの声が引きとめた。
少し迷うような表情を浮かべた後、そうね、とエリンが笑う。
その顔を見ながら、イアルも目を細めた。
「― ジェシ!右だ」
みぎー?と間延びしたジェシの声が返ってくると、イアルはそうだ、と声を返した。
たたっと右側へ駆けていく息子の後姿を眺めながら、母と父は再びその後を追うのだった。
穏やかな、けれどしっかりとした足取りで。