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□家族という名の絆
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がたりと、部屋に置かれた仕切りの向こう側で音がした。

イアルの仕事場と、ジェシの遊ぶ場所を隔てる衝立。

エリンは、その後ろで夫が立ち上がる音を、縫い物をする手を休めずに聞く。

イアルが衝立から出てくるのを待って、エリンはふっと顔を上げた。

「お疲れ様。お仕事、終わったの?」

エリンが問うと、イアルはその顔に、微かな笑みを浮かべた。

「ああ、一応はな」

これから最後の仕上げをするんだ、とイアルは言う。

茶を淹れようとエリンが立ち上がったとき、床に座り込んでいたジェシが、不意に声をあげた。

「お父さん、あれ、ごろごろやって!」

満面の笑みを浮かべながら、ジェシがイアルに手を伸ばす。

仕方が無いな、と苦笑するイアルに、エリンは疑問を投げかけた。

「ごろごろって、何?」

「みのむしだよ!」

「…?」

イアルの代わりに応じた、明るいジェシの声。

しかし、その息子の言葉に、エリンの頭の中の疑問はかえって大きくなる。

エリンが頭を捻っている間に、何故かイアルは床に、寝具の掛け布を敷き始めた。

「?」

いよいよわけが分からなくなり、思わず眉を寄せるエリン。

「どういうこと…?」

…何か、わたしだけが仲間はずれにされているみたい。

口を尖らせ、拗ねたようにエリンが呟くのを聞いてとるや、イアルは小さく、おかしそうに笑った。

「何よ、」

「いや…、見ていれば、分かるさ」

微かに笑いを含んだ声で、イアルは背中越しに答えた。

「よし、…ジェシ」

わぁい、と嬉しそうな声を上げて、ジェシは、床に広げられた寝具の端に、仰向けに寝転がった。

そしてイアルは、ジェシの掴んでいる布ごと、なんとその身体を転がし始めた。

「…え、……ああ!」

見る見るうちに巻かれていく息子の姿を眺めながら、エリンが不意に、分かった、と、目を輝かせる。

「蓑虫!」

そう、そう、と返事をして、蓑虫のような姿になったジェシが、座敷の中を転がり始める。

「前に一回やったら、何故か気に入ってしまってな」

言うイアルの目が、可笑しそうに細められる。

エリンは、転げまわる息子をつついたりしながら、その柔らかな空気に身をゆだねた。


部屋に明るく響いていた笑い声に、突然、ほわぁ、という声が被さった。

見れば、ジェシが眠たそうに目を細め、開いた口を隠していた。

欠伸をしたジェシは、そのままごろんと身体の動きを止める。

体に巻きついていた寝具が、それに伴って、ぱた、と床についた。

「なんかさ、眠くなってきちゃった」

くすりとエリンが笑う。

「なら、その前に寝室へ行きましょうね。ここで寝ると、風邪引いちゃうわよ?」

「…うん」

言いながらも、ジェシは必死に欠伸を噛み殺している。

愛しさが混じった温もりが、じんわりとエリンの胸を満した。

自然と緩む頬を自覚する。


不意に、彼女は、自身の服の裾が引かれるのを感じた。

下を向いたエリンは、小さく首を傾げる。

ジェシが起き上がって、眠たげな瞳で見上げていたのだ。

すでに眠りかかっているかのように、やけにゆっくりとその口が開いた。

「お母さんも」

一言しゃべるのも億劫そうな様子だ。

思ってから、エリンは、今自分が言われたことの意味を考える。

「…わたしも?」

エリンは、ふっと、柔らかな微笑をその顔に浮かべた。

小さく、ジェシの頭が上下に動いた。

次いで今度は、母の後ろに立っている父を見上げる。

「……お父さんも、一緒に」

本格的に眠くなってきたのだろう。語尾は、小さくしぼんでいくようだった。

「そうだな、…家族全員で、昼寝しようか」

笑いを含んだ声で言いながら、イアルが息子を優しく抱き上げる。

父の首に両腕を回したジェシは、そのまま静かに目を閉じた。

「燃料切れね」

抱き上げた時床に落ちた掛け布を拾い、エリンが口に手をあてて小さく笑う。

イアルがそれに頷きながら、息子の頭を一、二度撫でた。

「ねえ、イアル。川の字で寝ましょうよ」

「川の字?」

「そう。…家族三人でそうやって寝るの、憧れだったのよね」

最後の方の言葉は、半ば独り言のようだった。

ちらりと目をやると、エリンの視線は床に落ち、その横顔には、微かだが影が差していた。

イアルは息子を抱きなおすと、開いた方の手を、ぽんと軽く、妻の頭にのせた。

顔を上げたエリンと視線が合うと、イアルは小さく、しかし優しくその目を細める。

「…エリンの希望通り、皆で、川の字になって寝よう」

瞬間、エリンの瞳の奥に生まれる、柔らかな光。

エリンは花が咲いたような笑顔で、ええ、とイアルに頷いた。


間にジェシを挟み、イアルと共に布団に横になる。

エリンは枕に頭を預け、瞼を下ろしながら、長く息をついた。

胸から溢れる温もりと、寝具の温もりが重なり合う。

その中を漂いながら、エリンは、穏やかな眠気に身を任せた。

今こうしていられる幸せが、何よりも嬉しく、愛しかった。




家族という名の絆
 (それは儚いけれど、確かに温かく、此処にあった)


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