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□未来への約束
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…静かだ。

イアルは湯飲みの口を傾け、茶を一口飲んだ。

机に置くと、コトン、と小さく音がする。

それでも、向かい側に座っているエリンは、眉一つ動かさない。

興味深げな瞳で、頬杖をつきながらじっとそれを見つめている。

彼女が先程から見つめているものは、小振りの砂時計だ。

この砂時計は、イアルが街で見つけ、買ってきたものだった。


砂時計を見たのが初めてだとか、そういう訳ではないだろう。

それなのに、彼女は砂時計を見るなり、その瞳を輝かせて喜んだ。

ありがとうございます、と言った顔は明るく、本当に嬉しそうだった。

現に、結構な時間、砂時計を見つめ続けている。

砂が全部落ちきり、それを受けてエリンは砂時計を逆さまにした。

重力にしたがって、砂は再び下へと落ち始める。

「…そんなに気に入ったのか?」

思わずイアルは問うた。

我に返ったように、エリンが顔を上げる。

暫くきょとんとした顔でいてから、彼女は柔らかく笑った。

「はい。

…砂時計は幾度も見たことがありますが、こんなに綺麗なものは、初めてです。」

彼女はそう言って、再び砂時計を覗き込んだ。

「…本当に、綺麗」

と、小さな声で呟いた。


空になった湯飲みを手に、イアルは椅子から立ち上がった。

そのままエリンから離れ、洗い場へ歩みを進める。

袖をまくって、水に湯飲みを入れた。

しんとした冷たさが、肌に伝わる。

彼は湯飲みを洗う間、ずっと目を伏せていた。

頭の端に引っかかっている微妙な違和感が、どうしても消えていかなかった。


近くに掛けてあった布で手を拭き、イアルは机に戻った。

椅子に座ろうとして、ふと動きを止めた。

少し不思議そうな視線を、目の前のエリンに向ける。

その視線を感じた彼女も、顔を上げてイアルを見た。

彼女の手で、砂時計が僅かに揺らされていた。

「…何を、思っているんだ?」

「え?」

エリンは小さく首を傾げた。

「―…先程から、微妙に様子がおかしくないか?」

心配そうな光を含んだ瞳に気付いて、彼女は驚いたように眉を上げた。

ふっと、微かに笑みを浮かべる。

「いえ…。

―……ただ、」

イアルは言葉の続きを待った。

視線を外したエリンは、砂時計の管を落ちていく砂の粒を見つめた。

「…ただ、砂時計って、人の一生と似ているな、と感じていただけです」

手を動かして、少し砂時計を揺らした。

「途中で、たとえばこんな風に揺らされても、砂は揺れはするけれど、落ちるのは止まらない。

生きていく途中で何があっても…、最終的に、人の時は、止まらずにずっと過ぎていく」

何ともいえない表情で自分を見つめている彼には気付かず、エリンはそのまま言葉をついだ。



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