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□予期せぬ邂逅
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―…後をつけられている。
雑踏に紛れて歩きながら、イアルは頭の隅でぽつりと考えた。
王都の街道には人が溢れかえり、昼の明るい陽射しが真上から差してくる。
イアルは被っていた編み笠で目元を隠すと、静かに、追ってくる気配をうかがった。
神経を鋭くして、人の気配を探る。
≪堅き楯≫であった頃は、毎日のように行っていたことだった。
―…右斜め後ろ、…一人か。
イアルはそれだけ考えると、視線を前に据えて歩き続けた。
人の話し声や馬の蹄の鳴る音、呼び込みの声などが溢れる道を歩きながら、イアルの耳はしかし、追っ手の足音のみを聞き続けた。
(―……。)
イアルは暫く考え、やがて、前に見えてきた食事処の看板に目を留めた。
そして、その店先で立ち止まると、静かに店の暖簾をくぐった。
店内へ入ると、美味しそうな食事の香りが漂っていた。
客の姿は多いものの、昼餉時よりはまだ少し早いせいか、満席にはなっていないようだった。
「いらっしゃいませ」
勘定台で何やら仕事をしていたらしい娘が、すぐさま顔を上げて、にこりと応対した。
「待ち合わせをしたいのだが。後で男が一人来る」
「はい、承知しました」
食事処の小女はそう応えると、手元の紙に手早く筆を走らせた。
了解書きを済ませると、ふと筆から視線を上げて、娘らしい、明るい声をあげた。
「二名様、うち一名様、ご案内ください」
すぐに別の小女が現れ、イアルに柔らかく頭を下げる。
「こちらへどうぞ」
腰に、食事処の店名が刺繍された前掛けをつけたその娘は、慣れた様子でイアルを座敷に案内した。
イアルは娘に従い、座敷へ近づいた。
履物を脱いで座敷に上がると、机の向こう側に腰を下ろした。
店の入り口が見える位置に座り、追跡者が現れるのを待つ。
そのうち、先程の小女が、盆に載せた水を持ってやってきた。
彼に小さく礼を言いながら、ちらりと入り口をみやる。
ついでイアルは視線を娘に戻すと、淡々とした口調で、幾つかの料理を頼んだ。
注文を書き終えて座敷から離れていく娘と入れ替わるように、一人の男が座敷に上がってきた。
その男は、静かに水を飲んでいるイアルを見て、にっと笑いながら言った。
「変わってないなぁ、お前は。
俺だと分かってたんだろ?」
イアルは湯飲みに向けていた視線を上げると、微かな苦笑を浮かべた。
「…まぁ、な。お前の足音は、今までに嫌というほど聞いてきたからな」
「ちぇっ」
面白くなさそうに唇を尖らせながらも、男はイアルの向かいに座った。
楽な姿勢になった男―カイルは、軽い口調のまま、イアルに話しかける。
「で?どうだ、最近は」
「どう、と聞かれてもな…」
イアルは手に持っていた湯飲みを置くと、困ったような笑みを目元に浮かべた。
再びやって来た娘から水を受け取りながらも、カイルの目は、好奇心で子供のように輝いている。
「…特に、変わった事は無い。
ただ最近は、日々がやけに静かに、穏やかに過ぎていく。
それだけだ」
惚気たようなことを言いながらも、イアルの表情には何一つ変化は見られない。
しかしカイルは、微かにイアルが目を逸らしたのを見逃さなかった。
…こいつでも、照れることがあるんだな。
自然とにやけそうになる顔を必死に抑えながら、カイルは再び問うた。
「エリンさんは、元気か?」
「ああ。…朝から晩まで、動き回っているよ」
はは、とカイルは目を細めて笑った。
くい、と湯飲みを傾け、水をひと口飲む。
「少しは休んでくれないかと、頼んではいるんだがな」
「そりゃ、お前も心配だろう」
「まぁ、そうだな。
けれど最近は、そうやって動き回る習性がある人なのだろうとも、思うようになってきた」
「習性て…。エリンさんは動物かなんかかよ」
カイルがおどけた調子で眉を上げると、イアルは小さく笑った。
すると、カイルはイアルの顔を見つめ、あごに手を当てて、何かを考えているような素振りをした。
黙ったまま自身を見つめてくるカイルに、気色悪ささえ感じ、イアルは眉をひそめた。
「…なんだ、カイル」
「……」
問うてみても、カイルは応じない。