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□予期せぬ邂逅
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イアルが溜息をついたところで、不意に口を開いた。

「お前、さぁ…」

片眉を上げながらその続きを待ったのだが、何故かカイルは、そこで口をつぐんでしまった。

「一体、何なんだ。はっきりと言え」

「…いやぁ、」

言いかけた直後、カイルはふと顔を上へ向けた。

食事が運ばれてきたのだ。

机の上に並べられていく料理を眺めながら、カイルは、美味そうだな、と目を細めた。

「どうぞごゆっくり」

そう言って、食事を運んできた小女が下がる。

その姿が厨房に消えたのを見てから、イアルはカイルに視線を向けた。

「そういえば、今は出勤の途中なのか?やけにのんびりしているが…」

カイルは口角を上げ、小さく笑った。

「その逆だよ。今日から明日にかけては非番さ。ちょっくら朝まで、美しい花のところへ行ってくらぁ」

「…、そういうことか」

イアルはそれ以上何も言わず、机に並んだ料理を口に運んだ。

「おっ、美味いな、これ」

料理を飲み込むと同時に、カイルが明るい声で言う。

その言葉に静かに頷きながら、淡々と昼餉を口に運ぶ。

そんなイアルの姿に苦笑したカイルは、ふと目元を緩めた。

「…家じゃ、エリンさんが料理をしているのか?」

「…?、そうだが」

不思議そうな色をその目に浮かべて、イアルがカイルに視線を向ける。

「やっぱり美味しいか、あの人の手料理は」

「ああ」

静かな、しかしはっきりとした返答に、再びカイルは顔をにやつかせた。

「…さっきから、一体何なんだ、そのにやけ面は」

「んー」

カイルは小首を傾げてはぐらかすと、一言だけイアルに告げた。


「大切にしろよ」


戸惑いながらも躊躇うことなく、その言葉に頷いた旧友を見、カイルは思わず立ち上がり、その背後に回った。

ばん、と音を立てて、背を叩くと、案の定イアルが顔をしかめた。

笑いながら謝罪するカイルが、次の瞬間、イアルの反撃を受けたのは、言うまでも無いだろう。


――…

店の外に出ると、一瞬、頬に風が触れた。

しかしそれはすぐに消え、あとには、真昼の王都の賑わいだけが残った。

がらがらと音を立て、イアルの目の前を、荷台一杯に袋を積んだ荷馬車が通り過ぎた。

…洗濯屋だろうか、とぼんやりとイアルが考えた時、背後で、カイルが暖簾をくぐって出てきた気配がした。

「ったく、冗談だってのに、お前って奴は…」

「うるさい」

未だに少し痛むぞと、イアルに手刀で叩かれた額を撫でながら文句を言い続けるカイルに、あっさりとイアルは言い放った。

振り向きもしないイアルに口を尖らせつつ、カイルは友の背中に声をかけた。

「なあ、イアル」

「………何だ」

「さっきの言葉、撤回することにするわ」

どの言葉だ、とでも言いたげに、眉を寄せたイアルが振り向いた。


「お前、確かに変わったよ」

「………」

「じゃあな」

「…、ああ」

なおも問おうとするイアルを置き去りにするかのように、カイルは片手を軽く挙げて、踵を返した。

暫くは後ろからイアルの視線が突き刺さっていたが、やがてふっと、その気配が消えた。

カイルが振り返ると、イアルは背を向け、静かに歩き出していた。

(…変わったよ、お前は)

心の中で再度呟きながら、ふっとカイルは表情を緩めた。

友の背から目線を離し、再び歩みを進める。

(しかし、)

―…あいつ、あんな風に笑う奴だったんだな…。


食事処でイアルが見せた微笑みと、エリンのことを語っていた穏やかな声が、カイルの脳裏に同時に浮かび、静かに消えた。


あいつはまだ、過去の亡霊に縛られているんだろうか。

と、不意にカイルは考えた。

誰よりも≪堅き楯≫の掟を守り、誰よりも真王に忠誠を誓い、誰よりも任務に忠実だったために、イアルは多くの命を奪った。

イアルは、その襲撃者達の顔を忘れることはなく、否、忘れようとしなかった。

これは、自身が命を奪った、証なのだと。

課せられるべき鎖なのだと、イアルは言った。

―…あいつのことだから、今もまだ、思い出すのだろうな。

そう感じても、不思議と、暗い感情は湧いてこなかった。

代わりに、晴れ晴れとした奇妙な感情が、胸の辺りにぼんやりと浮かんでいた。

(そうか)

あいつの隣には、もうエリンさんがいるじゃねえか。


ふと、目の前に、先程別れた友の面影が浮かんだ。

その顔は笑っておらず、店先で見せたように、怪訝そうに眉を寄せていた。

…次に会った時、説明してやるか。

その表情が、穏やかになっているということ。

その声音が、優しくなっているということ。

エリンのことを話すとき、その目が柔らかく細められるということ。

そして、その変化を見られて、この上なく嬉しかった、ということ。

(あいつ、どんな反応するだろうな)

瞬間、戸惑ったような、困ったような表情のイアルが目の前に浮かび、思わず笑いが漏れた。

暫くそのまま歩いていたが、途中でカイルは考え直した。

(…やっぱり、)

言わないでおこう。

そんなこと、他人が言わなくても、本人達が互いに気付くはずだ。

―…それに、今度茶化したらどんな仕返しが来るか、分かったもんじゃないからな。

先刻、イアルのしっぺ返しをくらった額に、無意識のうちに触れて、カイルは苦い笑みを浮かべた。

…全くあいつは。引退しても、腕は落ちてないな。

イアルは手加減をしたのだろうが、あの一撃は、それでも十分に痛かった。

(俺も精進しなくちゃなぁ)

現役の者がいつまでも、引退者に劣っているようではいけない。


「…しょうがねぇな」

カイルは肩をこきりと鳴らすと、踵を返して、来た道を戻り始めた。


享楽は、とりあえずお預けだ。

護衛士達の使用する訓練場への道を辿りながら、頭の端でぼんやりと考える。

(…何しろ、久しぶりだからな)

驚いて目を見開く部下、何があったと問い詰めてくるだろう同僚を想像する。


静かに歩を進めるカイルの顔には、無意識に微笑が浮かんでいた。



 予期せぬ邂逅
  (次に再会した時は、何を話そうか)


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