花鳥の如く

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綾部が裏山で倒れたと聞き、僕は兵助を連れて保健室に向かっていた


「あの綾部が倒れたなんて信じられないな」


「うん。大事じゃなければいいんだけど…」


さほど学園内では噂になってはいないが、僕達5人組の中では大事だった


だって綾部に何かあって一番大変なのは彼が護衛している滝夜叉丸、基、滝姫なのだから


「三郎達は見舞いにこないのか?」


「いや、虫探しに行った八左ヱ門を見つけたらすぐ行くって三郎と勘右ヱ門が言ってたよ」


「珍しいな。三郎が雷蔵と行きたがらないなんて」


「あのね…僕らだって何も常日頃毎日一緒って訳でもないから」


僕には僕の、


三郎には三郎の、


それぞれの都合というものがある


みんなは双忍なんて呼ぶから二人で1セットみたいな気になっているだろうけどね


「そういえば、三郎と言えば最近あいつ随分綾部と仲良いよな」


「そう言われればそうかも」


「あの二人めちゃくちゃ最初は険悪だったから少し心配だったんだ」


人見知りも激しくあまり人に関心を持たない兵助も最近ではすっかり慣れたようで、特に滝夜叉丸に関しては加護欲的なものを抱いているようだ


本人が苦笑気味に話していた


「でさ、俺気付いたんだけど」


不意に兵助が真剣な表情を浮かべる


「え、何を?」


「三郎だよ。あいつが綾部に会いに行くタイミングって、必ず滝夜叉丸がいない時だった気がする」


その言葉に僕は首を傾げた


「え、それって当たり前の事じゃないの?」


「そう、か?」


同じく首を傾げる兵助


「だって、個人的に用があったりするのならいくら滝夜叉丸でも二人きりで話したいじゃない」


そういうものなんじゃない?


しかし兵助は、うーん…と唸る


「いや、それは分かるんだけど俺が言いたいのはそういうのじゃなくてだなー…。毎回会いに行くたび滝夜叉丸がいないっていうのが気掛かりというか」


「たまたまとかじゃなくて?」


「いつも滝夜叉丸の傍から離れない綾部がここ最近一人で行動する事が多いだろう?ほら、前に滝夜叉丸が綾部がいない時に呟いてただろう」


『最近、喜八郎がいなくなる事が増えてきた気がするんです』


そう言った滝夜叉丸の事は僕も覚えている


何気ない会話で呟かれた言葉がまさかこんな形になるなんて


彼女は自分の気のせいだと気丈に笑ってはいたけど、内心はきっと急に変わった綾部の変化らしきものに不安を抱いていたに違いない


ふ、と兵助が思い付いた様に呟いた


「もしかしたら、三郎なら何か知っているかもな」


歩いていた足を止めて兵助を振り返る


「三郎が?」


「うん。俺達の中で一番多く綾部と接してた人物だからな」


「なら、後で三郎に聞いてみよう」


再度歩き出してから暫くして、前方で田村と善法寺先輩が難しい顔で保健室の廊下の近くをウロウロと歩き回っていた


正直、少し動作が怪しい…


僕と兵助は互いに顔を見合わせて「何だろう?」と首を傾げるが気になって善法寺先輩に声を掛けてみた


「善法寺先輩、こんにちは」


「こんにちは、先輩」


二人で挨拶をすると先輩は難しい顔をしていたが、僕達に気付いて笑顔で「やぁ。こんにちは、二人とも」と返した


「何していらっしゃるんですか?」


保健室の前を右往左往されては気にならない方がおかしい


素直に聞いてみると、隣で同じくウロウロしていた田村が「こんにちは、先輩方」と頭を下げて挨拶してから一変して困った表情で保健室の戸を見た


戸を、というよりは戸の奥にいる人をだ


「実は、喜八郎が倒れたと善法寺先輩から聞いて急いで滝夜叉丸を保健室に連れてきたのはいいんですが、保健室に急に侵入者が現れたんです」


「どうやらその侵入者は滝夜叉丸の知人らしいんだよ。話がしたいからって言われて部屋から出てきちゃったんだけどさ」


「今になって二人きりにした事、後悔してます…」


「それで二人共難しい顔で保健室の前にいたんですね」


確かにそれは心配だな


忍術学園に忍び込むなんて相当な手慣れだ


善法寺先輩は滝夜叉丸の知人だとおっしゃっていたけど、一体何者なのだろう?


「雷蔵、とりあえず中に入ってみないか?俺達は一応滝夜叉丸の事情を知っている人間だから多分大丈夫だと思う」


小声で耳打ちしてきた兵助に僕も同意して頷いた


「善法寺先輩、僕達は綾部の見舞いにきたのでついでに様子も見てきますよ」


「え!でも、大丈夫かい?もしまだ中にいたら…」


「大丈夫ですよ、俺達は。なぁ、雷蔵?」


「うん。だから心配しないで下さい。あ、先生も呼ばなくて大丈夫ですから」


「…わかった。じゃぁ頼んでいいかな?」


「はい」


心配そうな善法寺先輩に返事をすると、田村が見計らってオズオズと声を掛けてきた


「あの…不破先輩、久々知先輩。ちょっといいですか?」


「どうした、田村?」


「先程の侵入者なんですが、その人は滝夜叉丸を見て“滝姫”って呼んでたんですよ。不思議ですよね、あいつの名前は滝夜叉丸なのに…。何かの間違いですかね?」


田村から出た名前に僕も兵助も表面上に出さずとも内心驚いた


それは滝夜叉丸の本名だ


それを知っているという事は、彼女の正体を知っていると言っていい


僕は珍しく迷わず咄嗟に嘘をついた


「多分、田村と善法寺先輩の聞き間違いじゃないかな?綾部や七松先輩だってよく名前を愛称で呼んでるし、その人もたまたま愛称で呼んだだけだよ」


ちょっと言い訳がきついかも


チラリと兵助を見ると視線だけで「でかした、雷蔵」と笑みを浮かべていた


よかった、大丈夫だったみたい


「あ、やっぱり僕と田村の勘違いかぁ」


「ですよね!僕もそう思ってました」


それならよかった、とスッキリした表情を浮かべながら立ち去って行く二人の後ろ姿に少し心苦しくなった


先輩と後輩に嘘ついちゃった…


そんな僕の肩にポンッと手を乗せて兵助は「ついてもいい嘘もある」と静かに言った


そして、


「滝夜叉丸の為だから」


なんて言われたら何も言えないよ


言えやしない


隣で兵助が保健室の中にいる滝夜叉丸に一声掛けて戸を開けるのを眺めながら、心の中でひっそり二人に謝った












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