読みモノ

落ち葉拾い 第二章
2ページ/77ページ


落ち葉拾い 第二章

第一幕
 


平安時代

九月。九年に一度見られるかという中秋の名月が、高い空に浮いている薄い雲間から垣間見えた夜。
 
庭に蟠っていた暗闇が薄青色の月光に照らし出され、そこに隠れていた美しい顔立ちの男の姿を露にした。


「そこにおられるのはどなたですか?」


私の問いに、こちらに向ってゆっくりと、鳥も逃げ出さないであろうという優しげな歩で近づくと、会話をするには丁度いい距離、されど触れ合うには遠いであろうという距離で立ち止まり、男は口を開いていった。


「月明かりの儚さの下でも輝く花があると聞いて、居ても立っても居られなくなってしまいましたので」


貴族の男女の出会いと言うものは、基本二とおりしかない。親が御家の繁栄の為に勝手に相手を見つけてくるか、貴族の男性が女性の噂を聞いて家を訪れるかの二通りだ。
後者は、人づてに聞いた女性の評判に思いを馳せ、その女性の姿を屋敷の外から覗き見る所から始まり、次に気に入った女性に和歌を書いた手紙を送る。

だが手紙を渡すにも、どこかに気に入った女性に通じるつてが必用で、渡すのも難しい。

そこで、普通は何度か女性の侍女を通じて何度か手紙のやり取りをしてから会うものだと聞いていたのだが。


「あなたは?」


私の前に現れたのは、まったく面識の無い男性であった。

こういう時、疑って侍女を呼ばなければならなかったのだろうが、そんな意志を無為にしてしまうほどに、私の心を意志より強い感情が占めてしまっていた。

顔が火照る。心臓が高鳴る。もう自分では、いや、どんなに近しい人でさえ私の心を抑えることはできないだろう。
きっと、これが最初で最後の私の恋だったのだから。


「始めまして。私は、境一重 華麻呂(さかえひとえはなまろ)という者です」


この男に、私の心は殺されたのだ。

 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ