四天宝寺(短編)

□叶わなければ、願わない。
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好きだなんて思うのはやめた。
そんな無駄なことを願っている時間すら勿体ない。

「いつか叶う」なんて誰が決めた?

「思っていれば、いつか」なんて妄想に過ぎない。

だからどれだけ好きでもこの思いはなくすんだ。

粉々に砕け散れ。
そんな思いを持っていたことすら忘れるくらい、粉々に。


――記憶すらなくなればいいと、願わずにはいられない。




好きだった。
大好きだった。
彼の事しか考えられなかった。

彼が隣にいる時は勿論、家に一人でいる時も彼のことばかり思っていた。
それは最早、恋などと軽々しく呼べるようなものではない。

俺の感情は――俺が彼に抱いていた感情は、きっと誰も持っていない「名前のない何か」だった。

名称すらつけられないような、そんな感情。
それが俺の思いであり、気持ちであり、俺の全てだった。

彼への思いは誰にも負けなかった。
その自信はあった。
誰よりも彼を思っていた。


「けど、それに何の意味がある?」


結局、俺の思いなど無駄だったのだ。
俺がいくら彼を思おうが、彼が違う人を思っていたら意味などない――



捨てなければ。
俺のこの…名もない感情は。
もういらないものだ。
持ち続けていても仕方がない類のもの。

彼があの人を好きと言うならば、この思いは邪魔なものだろう。

伝えることなく、彼への気持ちは捨てよう。

ただ、それだけのこと。
「好き」をやめるだけ。

たったそれだけのことを、何故俺は未だに出来ずにいるんだろう。

好きになるのはあんなにも簡単だったのに、やめることはこんなにも難しい。





「光は…俺と会えて良かった?」



彼の問いかけに何度も頷いた。
あの頃はまだ、彼があの人を好きだとは知らなかった。

だから俺は馬鹿みたいに自分の気持ちに忠実に――何度も頷いてみせた。

その問いの意味はわからなかったけれど、少しでも俺の思いが伝われと思ってた。


結局、彼は嬉しそうに笑うだけで意味を教えてはくれなかった。
けれど、後から思えばその質問の理由がわかる気がした。
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