□不安な心に投与する
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朝、目覚めと眠りの狭間まで意識が浮上すると、何故か感じる腹から腰に架けて重みと圧迫感。
重…と大してそう思ってもいないのに何となく呟けば。

「貴様は寝ていても失礼だな、晴矢」

そう、無い筈の返事が頭上から返ってきたもんだから慌てて目を開けた。
ぼやける視界を瞬きで調整して、鮮明になった視界一面には何故か風の顔が。

「は…えっ、はぁあああ!?」
「うるさい」

大声にぐっと眉を顰めて身を起こす。
遠ざかった風は、目を白黒させる俺を見てこれ見よがしに溜息を吐いた。
だがな、普通なら俺の反応は間違っていないと思うぜ?
寧ろ正しいだろ。
ある朝目覚めたら幼馴染が自分に跨る形で圧し掛かっていたら誰だって驚く。
しかも上はタンクトップに下はショートパンツというラフな格好。
鎖骨とか細い二の腕とか(…いやこれは普段からか)太腿とか太腿とかが直視出来て非常に目のやり場に困る。

「…おはよう、晴矢」
「はよ、風…」
「目覚めの感想はどうだ?」
「んー…ぶっちゃけ役得?」

正直に言ったら殴られた。
力は弱かったが、寝起きなのも加えてそれなりに効いた。
ぐわんぐわんと星を回す頭を抑えて、暫く待ったを掛ける。
いつもなら無視して寧ろ余計に突いてくるのに、今はそれが無い。
本格的に様子が変だと大分マシになった痛みに耐えながら片目で窺えば、風は瞳を細めて。
警鐘が鳴り響く。

「…なぁ、晴矢…」

そっと添えられた手が、細く綺麗な指が、俺の首へ喰い込んだ。
意識が霞まない程度に掛かる圧迫にぐっと眉を顰めれば、対照的に薄く唇を歪ませる。

「苦しい…?」
「…っ……」
「返事は?」
「…ぁ、あ」
「そう」
「ぅ、…っ」
「止めないさ。私は貴様のその表情(かお)が好きだからね」

こんのドSめ。
文句の一つでも言ってやろうとした俺の唇は当てられた人差し指に封じられる。
目を閉じて、と唇だけで言われ、何となく大人しく視界を鎖した。
触れるか触れないか、吐息と温もりが伝わる距離で気配。
そっと柔らかな感触が落とされていく。
憧憬、懇願、欲望、狂気の沙汰。
一通り触れて満足したのか、身を起こした風に意味を訊いても無言。
いつの間にか首の圧迫は無くなっていた。

「どーした?」
「……別に」
「そっか。…よっ、と」
「!」

取り敢えず俺は風を抱きしめ、腹筋だけで上半身を起こした。
髪を撫で、そのまま滑らせた掌で頭を抱え込んで引き寄せれば、逆らわずにもふりとした頭が胸に落ちてくる。
胡坐の上で胸にしな垂れかかっている風は、相変わらず感情が読めない。
薄く浅く短く遅く、最小限の呼吸をただ繰り返す。

「…晴矢」
「ん、何だ?」
「………」
「言いたくねえならそれで良いけどよ」
「…言う」

そう言うと風は傾けていた体を起こして、上半身だけ俺に向き直るように座り直した。
乗ってる分低い位置に有る俺の目に気怠げな動作で合わされた蒼の瞳。
流し目なんて何処で覚えてきたんだよ…。
卑怯じゃねーか。
そんな俺の内心は当然伝わる事無く、風は口を開いた。

「私達は…離れた方が良いのだろうか?」
「何でだよ」

有り得ないそれに不快を示す。
否が応でも低くなった声を聞いた風はびくりと肩を震わせ、視線を泳がせた。
こりゃ、また誰かに何か言われたんだな。
いつもなら無視するのに今回気にしてんのは、此間ヒロトが告白されてんの目撃して、振られた女子に泣きながら睨み付けられたからか?

「…昨日、」

ぽつりぽつり、紡がれる小さな呟きに耳を澄ます。

「雷門の女子生徒達に、変だと言われたんだ」
「何で?」
「いくら幼馴染だからといって、恋人でもないのに晴矢やヒロトとずっと一緒にいるのはおかしいと」

成程、つまり嫉妬か。
はぁー、と深く溜息を吐く。
ったく、大半の女子は他を引き摺り落とすから怖ぇんだよ。
引き摺り落とす暇が有んなら自分磨けっつーの。
ま、告白されても受けねえけどな。
じっと答えを待つ風の頭をぽんぽんと叩く。

「何もおかしかねえよ。幼馴染だし、円堂と風丸だってそうだろ。他人に言われて離れるくらいなら疾っくの疾うに俺ら他人だっつの。いつもみたく気にすんな。寧ろ無視しろ聞き流せ。俺らが離れるのなんてそれこそ有り得ねぇし」
「…本当に?」
「ああ。ヒロトにも訊いてみ。ぜってぇ同じこと言うぜ」

透明な膜の張った蒼が揺れたのを見て、ほぼ無意識に即答すれば、こいつは一瞬だけ驚いて。

「そうだな…ありがとう」

ふわっと微笑んだ。
ヤバい。
普段、さっきまでも無表情なこいつの笑顔がすげぇ破壊力だってこと忘れてた。
す、と捉えた綺麗に切り揃えられている桜色の爪先へ口づけを一つ。
柄じゃねぇし気障で気持ち悪いが、これも誤魔化す為の苦肉の策だ。
でもこれだけじゃこいつは揺らがない。

「なぁ風、俺はお前が好きだ」
「私も好きだが」

目の前の最愛の幼馴染は、好きの意味が違うことに気付いてない。
お前のそれは多分親愛のものだろう。
でも、俺のこれは恋愛のものだ。

「好き、だぜ」
「だから知ってる」

戻った毅然としたこいつの不思議そうな無表情を崩さない、崩せない。
寧ろ逆効果だろう。
答えを聞いてすっきりし、もう用が無いと言わんばかりに早々と立ち上がって扉に向かう風の腕を掴んだ。

「行くのか?」
「そろそろフロストが朝食を作り終えた頃だからな」

手は無感動に振り払われ、扉の外へ消える後ろ姿を見送るしか出来なかった。
だって俺、寝起きのまんまで好きな奴と話してたんだぜ?
正直めちゃくちゃ恥ずい。



不安な心に投与する
(変、じゃない。おかしくもない。私達は、変わらない)(もー、そのまま告白しちゃえばいいのに!ヘタレ!)(ヘタレ言うな!振られてるに決まってんだろ!)
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