□素顔の事情
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「あれ、森野?」
「…角路くん」

がらんとした空間に響いた声。
掛けられたそれに振り向けば、ダイヤモンドダストに所属する角路徹が此方に歩いてくる姿が視界に入った。

「(何でこっちに来るんだろう…)」

他にスペースなど幾らでも有るのに、何故私の処に…。
そう考えてしまう思考を振り払う。
自分だって知り合いがいれば無視は出来ないのだから。

「どうしたの、」

こんな処に、と言葉が零れる。
此処はチーム別ではないエイリア学園全体のエントランスホール。
ダイヤモンドダストのメンバーは寮の談話室にいる事の方が断然多いと知っているので訊けば、何となく、と答えが返ってきた。

「俺は結構こっちにも顔出すんだよ」

日当たり良いし、と徹は日向に目を向けた。
ほぼ全面が硝子張りの此処は確かにとても日当たりが良い。
使われているのはマジックミラーに似た物で、中から外が鮮明に見えても、外から中は見えない構造になっている。
広大で静かな空間に二人だけ。
何ともおかしく感じてそっと同じように眩しさへ視線を遣った。
マスク越しではそれ程痛くは無い。

「………」
「………」

沈黙。
僅かに開けられた窓の隙間からなだらかな風が吹く。
徹は飲み物を淹れている。
お互い顔を覆っている物の所為で表情は窺えない。
穏やかな時間の流れに随分気が緩んでいたのだろうか。
気付けば口を動かしていた。

「角路くんは…」
「ん?」
「その、…どうして仮面を被っているの?」
「俺?俺はなー、感情とか、思ってること全部顔に出ちゃうんだ。それは試合のときちょっと不利だろ?だから隠す為に着けてんだ。…そう言う森野は何でそれ被ってるの?」
「私、は―――」

問い返される事なんて容易に予測出来ただろうと、口籠る己を叱咤する。
すっと深く息を吸い、忙しない鼓動を落ち着かせた。

「…自信が無い、から…」

でもやっぱりうつむいてしまっていて。
ぎゅっと手を握り合わせるしかない。
だから、留美は次の言葉に何を言われたのか一瞬解らなかった。

「そう言う奴に限って素顔可愛かったりするんだよな」
「へ?…え、なっ!」
「同じ理由の由紀の素顔も可愛いって愛が言ってたし」

予想だにしなかった言葉にわたわたとしていた留美は、続いたそれにえ、と目を瞬かせる。

「…由紀ちゃんの素顔、見た事無いの?」
「うん」
「チームメイトなのに?」
「うん。一角も由紀達に見せてないし」
「………」

留美は驚いて言葉を失くした。
異常な程の結束の強さが学園一と知られているダイヤモンドダストのメンバー。
てっきり素顔もチームメイトになら曝していると思っていたのだ。
自分だってイプシロンのメンバーには素顔を見せてあるのに…。

「まぁそれは由紀達が見たいって言わないのと単にタイミングが合わなかったりするだけで、見たいって言われたら見せるつもりだって言ってたけど」

言いながら、徹は留美にアイスココアを差し出した。
大きめな氷がぶつかり、カランと涼やかな音を発てる。
黄檗色のカップは上部に若緑色の太い線が彫られていて、シンプルながらも可愛らしい。
徹は白藍の無地だった。
断る事が出来ずに受け取り、一口だけ飲む。
あ、美味しい…。
心の中だけで言ったつもりだったが、実際には呟いていたのだろう。
向かいに座る彼が嬉しそうに笑った。
何だか無性に恥ずかしくなって、慌てて目を逸らし、早口に先程からの疑問をぶつけた。

「じゃあ素顔の時、誰か分からないんじゃ…?」
「あー…多分分かるとは思う」
「どうして?」
「雰囲気とかでさ、何となく。伊達にこれまで一緒にいないさ」

実際にはどうかわかんないけど、と若干照れたように笑い、ぽりぽりと人差し指で頬を掻く徹。

「…素顔を見たいとか、思った事無いの?」
「思った事は有るよ。言ってみた事も。でも『もう少し待って欲しい』って言われたから、由紀が俺達に見せれるようになるまで待ってるんだ」

仮面をしていても分かる程優しく笑う徹に、少しだけ由紀が羨ましいと思ったのはちょっとした秘密だ。



素顔の事情
(良いなぁ…由紀ちゃん)(流石学園一絆の強いチーム…お互いへの想いも凄い)
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