□理不尽、でも幸せ
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「何故だ」

キィンッ、とグラスを爪で弾いた風介に、晴矢とヒロトはちらりと顔を見合わせ、沈黙で先を促した。
微かなクラシックが流れる空間で、蒼銀を淡く煌めかせながら彼は片目を眇める。

「何故くっつかないんだ…!」
「…そりゃあ夏彦と栗尾根のことか?」
「他に誰がいる」
「ヒロトと八神」
「えっ…?」
「ふん、二人は別に良い。その内何だかんだでなし崩しにくっつくだろう」
「なし崩しかよ。つかお前あいつらの仲認めてなかったじゃねぇか」
「試みに決まっているだろう。私の反対程度で諦めるくらいなら由紀はやらん」

無意識に上げていた疑問符を悉く無視して、当人の片方を前に遠慮無くずばずばと言ってのける二人は何なのだろう。
さも当然と宣う涼やかな声は凛と響き、それに少し浸りながらヒロトは微かに笑う。

「(二人にはまだ言ってなかったっけ?)」

もうくっついてるんだけどな。
偶然が重なったというか何と言うか。ホントなし崩しに。
うん、……多分、くっついてる。

「(え、…あれ、僕ら付き合ってる、よね?うん、好きだって言ったし、玲名だって言い返してくれたし、)」

だが実際は付き合う前とあまり変わってない。
訂正。
全然変わってない。
寧ろツン度が増して、しかも鋭くなった。かなり痛い。

「(…あれー?)」

自分の言葉で落ち込んでいく彼に気付かず、二人は軽快に言葉を続ける。

「そもそも熱波がヘタレすぎるんだ」
「あ?栗尾根だって消極的だろ」
「慎ましいと言え。私とクララの妨害を壊して攫うくらいしてみろ」
「実際攫ったら復讐しにくんだろ。てかそう言うならその妨害止めさせろよ」
「何を言う。それでは本末転倒ではないか。私は甘えを許すつもりは無い」
「はっ、そんなに恐いのかよ」
「それこそまさか」

「つまり、だ」

会話と自分の思考を絶つように珈琲をことりと置いたヒロトを、対色が寸分違わぬタイミングで見遣る。
いつの間にか立ち上がって額を競り合わせていた彼らの目に、彼は腹に一物潜ませていそうな顔で笑った。

「あの二人はお互い凄く奥手なんだよね」
「「………」」
「ならお互い踏み込まなきゃね。いつまでも…いや、寧ろ遠ざかっちゃうだろうから」

それは自分に言い聞かせているような響きを持っていて、知らず自嘲する。
不透明に曇るよう施されたグラスの中、カラン、と氷が割れた。
不吉だと思うには風介に申し訳ない。
何とも言えぬ沈黙が落ちる。
ややあって、晴矢が先に席へ戻った。
続いて風介も優雅に腰を下ろす。

「つーか、夏彦と、あと穂香のこと応援してんなら茂人のことも認めろ」

ぎらつく黄金の双眸で問われた風介は嫣然と嘲笑った。

「我がチームの才媛を、厚石に?」
「んだよ。言っとくが茂人はプロミネンス随一の狼だぜ?狙った獲物は逃さねぇ」

厚石はあれでいてやはりプロミネンス。
普段は優男の見掛けに上手く隠されているが、負けず嫌いは筋金入りだ。
深紅の狼を先頭に据え、鋭利な爪牙を包み隠さず見せつけるように研ぎ澄ます紅炎の軍。
そのメンバーの中で唯一、人望とかそういうもので“無害”と判断される彼は【能ある鷹は爪を隠す】を無自覚に地でいっているつわものだったりする。

「クララは零と付き合っているんだ。厚石が入り込む隙は欠片たりとも無い」
「略奪愛ってのも燃えんじゃねぇか」

ガオ、と獲物を切り裂く動作をしてみせる晴矢は、にやりと歪む口から覗く八重歯も相俟って正に獣のよう。
負ける筈がない、と自信満々だ。
狼の鋭い爪に見立てたその左手を、野蛮な…と折角の柳眉を顰めさせた風介が払い落とす。

「そもそも私が協力して何になる。クララのプロミネンス嫌いは筋金入りだぞ?」
「それだよ、何で倉掛はプロミネンスが嫌いなんだ?」
「第一要因として暑苦しい」
「なっ」
「第二要因として由紀を熱波が盗った」
「両想いだから別に良いだろ!?」
「ああ、だから無理矢理想いを失くさせようとはしていないだろう。そして第三要因として先ず生理的に受け付けないんだそうだ」
「全否定!?」

流石に全否定は堪えたのか、テーブルに突っ伏してしまった。

「ちっくしょ…」
「あははは…」

苦笑うヒロトに反論することも面倒だ。
ずーん…とした雰囲気に自分で耐えられず、晴矢はグラスをドン!と強く置く。
振動に中身が零れそうになって、若干慌てた風介がその頭をべしっと叩いた。
あ、と。微妙な空気を払拭させるようにヒロトが声を上げる。

「ねぇねぇ晴矢、蓮池さんとはどう?」
「っ、はァ!?」
「そういえば付き合っていたんだったな。何だ、そんな反応をするということは…愛想を尽かされたのか?」
「…お前はどうなんだよ」

標的を何とか逸らそうとする問い掛けに、風介は。
顔に掛かる髪の一房を撫でつけながら、ゆるりと美しい微笑みを咲かせた。

「不仲な訳が無いだろう。先程とて愛は変わらず可愛かった」
「へーへー。惚気は他所でやんな」
「で、晴矢は?蓮池さんとはどうなったの?仲直り出来た?」
「……………………………………………………………………………………………まだ」
「え、まだ!?」

何でまだ!?相談受けてからもう一週間だよ!?
絶句して口を半開きにしたヒロトは、晴矢を凝視した。
無言で見られる居心地の悪さに彼はぐ、と言葉に詰まる。
背凭れに身を沈め、ふんぞり返ってにやにやと此方を見る風介が腹立つ。
その時、薄暗い空間に鮮烈な光が差し込んだ。
三人が振り返れば、ひょこっと覗いたのは鮮やかな紫の髪で。

「風介様ぁー!」
「愛、」

柔らかく笑む彼に、愛もまた可憐な笑顔を咲かす。
上半身だけ振り返り、片腕を広げた風介に、けれどその一歩前で止まった。

「…愛?」

どうした?と怪訝な顔の彼氏にえっと…と呟きながらきょろきょろと挙動不審に辺りを見渡す。
よいしょ、と腰を屈めて、風介の腕の下を潜った。
地味にショックを受けて固まる風介を他所に彼の真ん前まで移動して。

「あたしはこっちの方が良いです」

ぎゅ、と胸に飛び込んだ。
風介の体に、華奢でしなやかな腕が花の蔓のように絡みつく。

「愛っ…!」
「風介様ーv」

ピンク色の空気と飛んでくるハートに晴矢とヒロトは無言で撃沈した。
二人の彼女は、比率8:2と9:1のツンデレである。



理不尽、でも幸せ
(だって両想い)(されど一方通行)
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