□バカやろう
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キーンコーンカーンコーン――…

チャイムが鳴り響く。カリキュラムを終え、部活もやり遂げ、後は帰るばかり。
三人は荷物を持った。

「さぁ帰るぞ」
「おー…お前、テンション高ぇな」
「まぁな」
「つか寒くねぇのかよ。半袖とか有り得ねぇし…」

冬だからか何なのか、涼野は実に生き生きとしていた。半年前とは見違えるようだ。
寒い中だというのに長袖なんて以ての外と半袖のまま、更には腕捲りまでしている。
晒された二の腕が寒々しいと思っているのは如何やら自分達だけのようで、本人は実に満足げだ。
相変わらずの無表情をほんの少しだけ綻ばせただけだけど、伊達に何年も一緒の屋根の下で育ってはいない。
上機嫌であることはすぐに察せた。逆に寒いのが苦手な南雲は朝から着々と機嫌急降下中である。

「君はいつも馬鹿だな」
「うっせぇ!」

愚問に対しての嘲笑を向けられ、苛立たしげに舌打ちをした南雲は腹癒せに涼野の臑向かって蹴りを繰り出した。
慣れているのか欠片も動じない涼野が軽々と避けたことによって虚しくも空を掻いただけに終わったが。

「避けんな畜生。…で?何処にするよ」
「美味ければ何処でも良い」
「面倒くせぇだけだろテメェ」
「アイス有る処にしろ」
「注文多すぎんだよ我儘坊ちゃんが」
「君の奢りなら行ってやらんこともない」
「あ?ざけんなし」

仲が良いのか悪いのか、それでも険悪な空気は流れていない。テンポ良く進む会話はいつもの事で、寧ろ微笑ましさが有る。
じっと交互に見遣る二人の斜陽に照らされた横顔が、いつもと同じ筈なのに、今は男らしくて頼もしくて仕方なくて。ふとした瞬間、基山は正直、泣きたくなった。
元より女は勿論、男からも(親分的な意味で)絶大な人気を誇る南雲は兎も角、女顔だ何だと言われる涼野もただの無表情なら底冷えた美しさだけだが、ふと真剣味を帯びればあら不思議。格好良いを軽く超越した凛々しさが上乗せされてしまうのだ。地域でも指折りの眉目秀麗と名高いだけある。
流石。この二人が僕の幼馴染で、親友で、家族なんだ。そう自慢したい気持ちは常に有る。

(何か、…)

基山が我知らずのうちにとても切なそうに微笑んだのを見、南雲は瞠目した。

「…。……」

そして僅かに表情を硬くするとふいっとそっぽを向く。涼野も一度基山を見据えてから、無言で氷色を瞼に閉ざした。
束の間の静寂が訪れ、ただ只管に自由な風が三人の間を吹き抜けていく。

「…っ」

うつむかずに済んだ基山はそんな二人にじんわりと目頭が熱くなったのを感じた。
嗚呼気を遣わせてしまったななどと思うにはまだ寂しくて。でも、眼球を膜で包むように覆っていく熱さは止め処なく溢れてくる。
聞こえないふりをしてくれると分かってはいたが、それでも二人の配慮に報いる為、意地でも声は漏らさなかった。
これは何と言うのだろうか。同情でもないし憐憫でもない。甘さと言うには酷く不器用で、慈しみと言うには不格好すぎる。優しいだけではない不思議な、でも温かな気持ち。
そう思うと絶妙な不完全さが途端に可笑しくなって、基山は衝動のまま南雲と涼野へ抱き着いた。

「ぅおっ?!!」「っ!?」
「あははっ、二人共有難う!」

塞ぎ込んでいたかと思いきや突然輝かしい雰囲気に変わった基山に二人は暫く唖然と目を白黒させていたが、やがてはぁー…と深い溜息を吐き、心底呆れた眼差しを向けた。

「欝陶しい」
「つーかウゼェ」

本心だろう文句を垂れ流すものの、肝心の抱擁は拒絶せず静かに受け入れている。
それがまた嬉しくて、基山は寮に帰ってからもずっとご機嫌な笑顔のままだった。



バカやろう
(そしたら何もかも大丈夫)(だって仲間がいる)
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