□有無なんてどうでもいい
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喧しい音が会場を満たしている。
照明の落とされた暗い会場、ライトアップされた舞台、陰気臭い商人気取りに着飾った人々。
此処は人身売買を中心とする闇市だ。
嗜んでおけと連れて来られたが、何が楽しくて同じ人間が廃れた雰囲気撒き散らしながら売られていくのを何時間も見なければならないのか。
変に興奮している人々の熱気が嫌で、風は扇に冷気を送り込みながら億劫そうに扇ぐ。

じゃらり、鎖の音。
次は何だ…と顔を上げた先、飛び込んできた見事な翡翠に瞠目した。
ぴたりと手が止まり、暑苦しくなった空気がざらりと肌を撫でるのにも関わらず、扇に隠れた唇が三日月の如く撓る。

(やっと、見つけた)

足りなかった最後の一人。私の家族。
欠けた隙間が漸く埋まる。
永い時を経てやっと完成するのだ。

「千万」

一万、三万、五万と続く中、告げた声は存外響き渡り、水を打ったかのように会場が静まり返る。
隣で欠伸をしていた晴矢が信じられないといった顔で私を見てきたが気にしなかった。
私以上の値を出せない幾人かが醜く溜息を吐き、落札だと司会者が告げる。
同時に席を立ち、何かを喚く晴矢を残して会場を出た。
革靴を高く鳴らしながら薄暗い通路を抜け、急く気持ちを抑えつつ彼の許へ。


「零」
「…風介」
「今は風だ。女だからな」

嗚呼、どうやら彼――零も記憶持ちらしい。
益々気分が良くなる。
錆びた鍵で外した手枷が耳障りな音を立てて足元に転がった。
そして見えた赤い痕に、帰ったら先ず冷やそうと思い、零の力無い手を引く。
薬が抜けるのは何時頃だろうか。この趣味の悪い服も着替えさせたい。

「他は皆いる」
「………」
「後はお前だけだった」
「………」
「泣かれるだろうな」

く、と後ろへ引かれる。
馬車に乗り込んで振り向けば、無表情こそ変わらないものの少し困っていた。
泣かれるのは嫌かと問えば好ましくないと答える。
あまりにも懐かしい台詞につい笑ってしまった。

「甘んじろよ。クララなど信じてもいない占いにまで手を出したのだから」
「…。…」
「すぐに馬鹿馬鹿しいと止めたがな。それだけでも凄いだろう?」

そう何日も経っていない事柄を思い浮かべたのか、風の唇から珍しくもくすくすと零される涼やかな声に、零は瞼を伏せた。
視線を落とした先、手の傷一つ一つをなぞる指先は相変わらず細く綺麗で、ひんやりとした冷たさを伝えてくる。
嗚呼でも前より断然白い。陶器のようだと思う。
恐らく今の風は貴姫なのだろう。
でなければあんな大金、この時代に安々と出せる訳がない。

「――…許しがたいな」
「…?」
「この傷。他のもそうだが…」

つ、と指が滑ったのは一番長く大きい傷痕だった。

「不愉快だ」

麗しい表情を歪めてそう吐き捨てる。
装飾の為だろうか、長めに切り揃えられている桜色の爪が傷痕をカリッと引っ掻いた。

「っ…」
「痛いか?…耐えてくれ。この傷痕を消せないのなら私が刻む傷で上書きする」
「………」
「無言は許容と取るぞ」
「………」
「…。――有難う」

連ねた問いを応え、黙って好きにさせる零に風は微笑んだが、ぎこちなく切なそうなそれは泣いているようにも見えて…零は逡巡する。
力の入らない腕を何とか動かそうとするけれど、薬の抜け切らない体はそれすら不可能で、沸き上がる遣る瀬無さがもどかしかった。

「…風」
「?」
「今、」

幸せか?
愚問を差し出す。
小さな石でも踏んだのか、がたんっと揺れた車に傾く体をものともせず、薄暗い車内でお互いを見つめ合い――ふ、と。
長く閉じていた蕾が綻び、花弁を惜しみ無く広げるような、そんな微笑が咲き誇る。
暫し見惚れた零へ、幸せだ、と。
風は零と繋いでいる手の力を強めた。

「皆がいる。ダイヤモンドダストはお前で完成したし、お父様もヒロトも晴矢も瞳子さんも皆…記憶が無い者も少なからずいるけれど、」

吉良と晴矢、そしてダイヤモンドダスト以外のチームの何人かが前世の記憶を継がず、この世に生を受けた。
「多分、未練が有りすぎるんだ」とヒロトは言ったらしい。
「全員覚えている君達は、多分お互いが枷になっているんだろうね」とも。
それが何だと風が返すのに、少しだけ羨ましそうに笑ったのだ。

みんな、しあわせ、だね。



有無なんてどうでもいい
(幸せならそれで良いだろう?)(笑む氷色に翡翠はただ頷いた)
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