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□その無音は斯くも優しく
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指を鳴らす。
その刹那、私の周囲に現れたのは氷晶の剣。
美しく煌めく、澄み透きる蒼。
座っている私よりも高いそれに、バーンはそっと触れた。
少しだけ目を瞠る。
冷たいものに自ら触れようとするなんて思わなかったから。
触れた手は勿論、バーンの体を氷晶は映し出す。
鏡よりも鮮明に、美しく。
色彩を暈すことも、歪めることもなく、ただありのままに真実を映す氷鏡は、私のお気に入りだ。

「…なぁ、」
「………」

じわり。
バーンの体温に溶けては、その部分をすぐにまた構築する氷晶。
破壊と再生を繰り返す。
私は呼び掛けに応えず、それを眺めているだけ。
そんな私にバーンは苛つくでもなく、怒鳴る訳でもなく、言葉を重ねた。

「ガゼル、お前はさ、」

氷晶から手を離し、翻す。
掌に燈された炎。
ゆらゆら揺らめくそれを、氷晶へ近付けた。
先程の比ではなく、じゅっという渇いた断末魔を放ち見る見る溶けてゆく。
再生の構築は追い付かない。
溶けた氷晶は水蒸気にも成れず消えた。
無垢な蒼が無くなった空間はどこか物足りない。

「どうしたい?」

問い掛けに答えず、今度は私が右隣の氷晶へ手を伸ばす。
指で触れ、掌を当てて。
額をくっつけ、次に右頬を寄せ、身を委ねて。
ほぅ、と息を細く細く零した。
心地好い冷温。
瞼を閉じれば、私を抱擁してくれる。
これだけは、絶対に私を裏切らないし、嘘を吐かない。
らしくない愛おしげな動作で、上から下へ、ゆっくりとなぞる。
そして、とんっと指先で触れた。
途端、仄蒼い光を放ち、さらさらと崩れる。
舞い上がった欠片は正にダイヤモンドダスト。
それはそれは美しい、光景。
終わるまで眺め、消えたのすら見届けて。
ゆるりと瞬く。
私は――…

「…どうしたいのだろう」

答えを求めている訳じゃない。
何となく声に出してみた。
ただ、それだけ。
バーンもそれを分かっていて、無言で私の頭を撫でる。
空いている左手の濡れた指先は、未だ滴りを止めない。
いつもなら嫌なのに。
今回だけは振り払わなかった。



その無音は斯くも優しく
(穏やかなんて程遠くて)(でも、心地好い痛さが)
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