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□午後の一時
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読み掛けの本を片手に、談話室のソファに腰掛ける。
ぽふ、と受け止めてくれるそれは上質で柔らかく、彼女のお気に入りの一つでもあった。
ソファに体を沈めたまま、膝に置いた本の、栞を挟んでいる頁を開く。
この体勢で読むと後で顔を上げるのがつらくなるのだが、今はこれが一番楽なので仕方ない。
紙面に視線を滑らせ、文章を脳内で立体化させて、物語をじっくりと読み耽る。
内容は、著者の実話混じりな登場人物達の日常、という酷く在り来たりなもの。
それでもどこか惹き込まれるものが有り、こうして昨日の晩から熟読している。
左端の文字を目で追い、ぱらりと頁を捲った。

―――――――…

本を読み始めて暫く経った頃、コト、という音が小さく聞こえた。
視線だけでちらりと窺えば、薄く青みがかった透明な硝子テーブルの上、彼女の目の前に置かれている白いティーカップ。
微かに水面を滑る湯気が淹れたてだと物語っている。
有難う、と無意識に零れた言葉。
一つ瞬いてから視線を斜め上に移せば、いつの間に来ていたのか、彼の背中が視界に入った。
無言でカチャカチャと何らかの作業を行うその背中を数秒間じっと見つめた後、彼女は何事も無かったように視線を外す。
彼の気遣いは当たり前のようでいて、それをしてもらえる者は厳選されていた。
相変わらず絶妙で最大の好意表明に胸が温かくなる。
見掛けにも性格にも因らず、彼はこういう所が妙に可愛らしい。
ふ、と口許を綻ばせ、ティーカップに手を伸ばした。
シンプルで綺麗な絵を指先でそっとなぞり、無機質な表面に左手を添え、口許に引き寄せたそれに息を吹き掛ける。
縁に口を付け、一度香りを楽しんでから飲んだ。
彼の淹れた紅茶は色鮮やかで美しく、香りも良ければ味も美味しい。

「…ふぁ、…」

欠伸を一つ。
潤んだ視界に湿った眦へ指をやり、少量の雫を拭って左側へ顔を向ける。
中庭に続く、壁一面の窓硝子。
小さく開けられた隙間から流れる風がカーテンを揺らし、程好く柔らかな日光が差し込み、うとうとと眠気に包み込まれる。
眠気を醒まそうと伸びをするけれど、どうにも抗えそうにない。
早々に抵抗を止め、本をテーブルに置き、とすん、とソファに横たわる。
中途半端な体勢は流石につらく、肘掛けへ膝裏を乗せて仰向けになってから重い瞼を閉じた。
ゆっくり、ゆっくり、沈んでいく意識が最後に据えたのは、体に掛かる暖かな何かだった。



午後の一時
(栞が挟まれた本と美味しい紅茶)(何てことはない、有り触れた日常)
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