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□イタイ
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晴天に降る小雨。
通称・狐の嫁入り。
珍しいそれに、けれど今は見る気が起きなくて。
遮光カーテンを閉め切り、柔らかく差し込む陽の光と雨音を拒んだ。
腰掛けていたベッドに力無く体を横たえる。
足元の上掛けを足で手へと手繰り寄せ、脇下から腰まで被せる。
何かを抱える形に腕を囲い、その隙間に創ったのは大きな氷晶。
どんなに力を籠めても壊れないよう創ったそれに縋る。
耳鳴りの静寂と、雫の音が絶えず聴覚を刺激し、余計不安定に揺らいだ。
煌めく氷晶を指の腹で優しく撫でる。
冷たい感触にほっと安堵。
けれどそれも一時の気休めでしかない。
仄蒼い光にぼんやりと照らされた横顔は人形のように綺麗で…無機質。

――逢いたい――

面影を捜し求めて彷徨う、憂いを帯びる瞳。
無いのが当たり前な現実が嫌で、ぎゅ、と瞼を閉じた。
暫しそのままで、ぼんやりとした意識の中、視界を閉ざしたまま最低限の呼吸をただ繰り返す。
暗闇に浮かぶのは猛き炎。
意識しなくとも描かれるそれに、ガゼルは自嘲する。
随分な末期だ。
それも仕方ないと思ってしまいそうになる自分が悔しい。
只でさえ違うチーム。
過ごす時間も、親密度も、何もかもが劣る。
元々、彼のチームメイトには素敵な女がいすぎなのだ。
理不尽な怒りを抱き、そっと、上掛けで覆っている胸部に手をやる。
…悲しいかな、女だと分かる程度には膨らんでいるが、それだけ。
魅力的かと問われれば沈黙した後、無言で容赦無くノーザンインパクトをお見舞いせざるを得ない程度だ。
彼のチームメイトの女子達を思い浮かべる。
誰も女としての魅力に溢れ、性格も体格も申し分ない。(まぁ一人小さすぎる子もいるが)
同性から見ても可愛らしく、美しく、艶やかですら感じる。
それは私のチームメイトも同等、いやそれ以上だがな。
…話が逸れた。
とにかく。
…朱色のあの娘だって私よりは有るのだ。
これを落ち込まずどうしろと。
自問した答えに自分で納得して、気丈を嘯く必要など無いと棄て去った。
込み上げる衝動を上手く昇華できずに持て余し、己の女々しさにきつく下唇を噛む。
途端、無数の氷の粒が諌めるように唇へ触れてきて、それにふっと力を抜いた。
ゆらり、感情と連動して冷気が漂う。
薄らと瞼を開き、気怠げに空虚を見つめて。
迷い仔の如く瞳を揺らす主を慰めるように美しい音を鳴らした。
自分を心配してくれる生涯の半身と言っても過言ではない氷達にもっともっとと縋る。
そうすれば彼女の周りをくるくる舞い、しゃらん、ともう一度美しい音を鳴らし、彼女の頬や腕にすり寄った。
知っていて付け入る私は醜い。

「――…だいじょうぶ、だ」

そう?とクエスチョンマークの形を模るのに、ふふ、と笑みが零れた。
それもやっぱり気休めでしかなくて、またあの紅を思い浮かべる。
彼は私と正反対で、だからこそ惹かれたのだ。

(私を見て)

異性の瞳で。

(私を呼んで)

男の声色で。

(私を、愛して――…)

嗚呼好きになりすぎた。
まだ引き返せたあの時、クララに止められた時に距離を測っていればこんなに想うことは無かったのかも知れない。
こんなに溺れることは無かったのかも知れない。
笑いたくなる程の、泣きたくなる程の強い想いを、抱かずに済んだのかも知れない。
胸が張り裂けそうだ、だなんて陳腐な台詞すら馬鹿に出来なくなった。
こんなことになるのなら、近すぎて気付けないままの方が良かったと今更後悔する。
それでも。

「おい、ガゼル!」

止められない―――…。



イタイ
(痛いのか――いたいのか)(貴様の所為だ)
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