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□縋れない幻
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沈む夕陽が音村を包む。
紅く染まる海は変わらず波音を奏で、満ち引きを繰り返して。
夕暮れ色に透く髪は緩やかに靡き、独りであることを強く感じさせた。
今日は何故かリズムを刻む気になれない。
朝からこんな調子で、友人達に心配を掛けてしまった。
申し訳ないと思うけれど、どうにも出来なくて。
無意識に手が動いていた。
砂に書いた文字。
波に攫われ何処へ逝く。
虚しさばかりが増して、音村は誤魔化すように膝を抱いた。
潮騒が遠く聴こえる。
心の奥底を這い蹲る感情。
どろり、音を零す。
眩む影と暗む空が溢れだす想いを覆って。
ゆらり揺れて映える、罅割れた時の隙間。
縋ることなんて、出来たらどんなに楽だろう。
触れようと手を伸ばして、刹那に霞む光。
朧月が宵の空に咲き、月光の棘で世界を刺す。
視えた彼の幻影から、瞳を逸らした。
届かない声を紡ぐことは止めようか。
また君の傍で笑うことが許されるのなら。



縋れない幻
(現実が容赦なく)(傷を抉る)
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