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□たった一人のお姫様
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どんな名前を付ければ良い?
この、曖昧な安定に。

広くもなければ狭くもない室内に、少年が二人と少女が一人。
少女を真ん中に、三人は転寝をしていた。
繋いでいる手に力を込めれば、それと同じだけ握り返させる。
体を寄せて、温もりを移し合う。
自分の匂いを付ける仔猫のように。
ヒロトが、まるで壊れものを扱うようにそっと優しく、密やかに触れる。
それを甘受して目の前の胸元に額を擦り付ければ、ぽんぽんと頭を撫でられた。

「ねぇ、ちょっと痩せた…?」
「――寝不足」
「そう…」

あやすようなテンポとリズムに微睡み始める。
晴矢が風を引き寄せた。
剥がされた際、ヒロトの肩越しに見えたそれが疑問を浮かべさせる。

「…あの時計」
「ん?」
「止まってる…?」
「――ああ」
「直さないのか?」
「…直さないで、良いんだよ」

壊れたまま、掛けておく。
時が止まれば良いのにと、愚かな願いを期待して。

「風、」
「ん…」

喉を鳴らした彼女の瞳は焦点が合っていない。
ぼんやりと彷徨い、揺れる。

「…。…ふう、」

ぺちり。
勢いよく触れた頬の感触に、ゆっくりと首を回した。
緩慢な動作で斜め後ろの黄金を見上げれば、気怠げな淡蒼が映る。
重なるそれは不思議な色合い。

「…なに、」
「寝ろよ」

視界を封じられる。
覆う手の熱が目許にじんわりと沁みた。
火照るそれに力を解いて、小さく丸まる。
ゆっくりと瞼が下がるのを、ヒロトはただ見つめていた。
既に堕ちた寝顔に口づけを一つ。

「――…おやすみ」

一滴の雫を親指で拭う。
幽かな翳りに動きを止めた。
黄金が翡翠を見据える。

「なぁ、」
「…うん」

穏やかな寝顔は、いつもの冷たい美しさではなく、幼くてあどけない。
これを護れるのなら。
例え否定されても、このままで。

「どうか――…」

ゆらゆら、ゆらゆら。
灯りが点滅する。
誰かの怒号、拒絶、罵倒。
知っている。
三人で在ることが普通ではないと。
おかしいのだと。
それでも…一緒にいたい。
眠る彼女の、ふわふわの髪を梳く。
黄金と翡翠が暗く翳り――

「「悪い夢を」」

微かに、仄かに、濁った。
氷棘と炎壁で鎖された其処へ入る術を、彼らは知らない。



たった一人のお姫様
(夢から醒めて、僕らを求めて)(俺らだけに、縋れよ…)
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