□互いを殺して
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三日月の夜。
曇り硝子の窓辺に、ガゼルは腰掛けていた。
ぴとりと凭れ掛かっている髪や頬、そして体の右半分を、霜が微かに湿らす。
は、と息を吐けば、益々白く曇った。
月光が暗く眩く視界を彩り、そっと瞼を伏せれば、己以外の気配がもぞりと動く。
気配の主はバーン。
呼び出したにも関わらず用件を話そうとしないガゼルを、ただ静かに見つめている。
淡い月明かりに照らされた彼女は危うげで儚い。
今にも消えてしまいそう、に。

「………憶えているか?」

小さく、あまりにも小さく、けれどはっきりとした声が響いた。
弾かれたようにバーンがガゼルを見つめると、彼女は膝を抱えて体を丸めている。
海を氷で透かしたような瞳は、虚ろに深まり、宙を彷徨っていた。

「幼い頃、私はずっと、晴矢の横にいた」
「…ああ、憶えてる」

ああ、嫌な予感。
どくどくと鼓動が速くなる。
少しずつ、少しずつ、記憶が蘇ってくる。
無意識の中に握り締めた拳が、シーツに皴を寄せた。

「その理由を、…夢で見て」

ぶわり。
言葉を合図に、ガゼルは冷気の攻撃をバーンへ向け、反射的にバーンも能力を発動させる。
熱気を冷気に叩きつけ、相殺させた。
同等の力は互いを塵一つ残さず消し、水蒸気は発生しない。
また、沈黙。

「人間の体は約70%が水で出来ている」

言葉を切って、一度口を閉じた。
感情を鎮めるように深く息を吸い、瞳を瞑る。
沈黙が静寂と重なり、バーンはそれでも静かに待った。
数秒、数分かもしれない。
薄く開かれた瞳は、焦点が合っていなかった。
ゆっくりと、紡ぐ唇には微かな震え。

「それを、私は内側から凍らせられる」

この能力は人を容易く殺せる。
幼い時、まだ完全に御せていなかった頃はとても恐ろしかった。
能力がじゃない。
この能力を使って、いつ自分が他人を傷付けてしまうのか。
…いつ、自分が他人を殺してしまうのか。
だからこの能力を相殺出来る炎の能力を持つ晴矢の隣にいた。
晴矢もまた、己の炎の制御が出来ていなかったし、お互いの利害も一致していたから。

「――――…、ああ」

喉から絞り出して、ただバーンはく、と顎を引いて低く頷く。
酷く擦れた声だった。
彼の纏う熱気が、緩慢に流れる冷気によって少しずつ抑えられていく。
ガゼルはそっと顔を上げて、足先に置かれている小さな花に視線をやった。
一瞬で凍りついたそれは、硬質な澄んだ音を立てて粉々に砕け散る。
月の光を浴びてきらきらと煌めき舞うダイヤモンドダストにも似た氷の粒。
静かに降りていくそれらを纏うガゼルは酷く儚く、とても幻想的で、凄艶と美しい。
堪らなくなって、バーンは彼女を抱きしめた。
背中が軋む程に強く、縋るようにきつく。

今も、依存は断ち切れていない。



互いを殺して
(やっと、一人の人間として生きられる)(ねぇ、何故肌を合わせても安心出来ないの?)
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