□寂寥の想い
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それでも、まだ信じ切れなくて。
晴矢が手を出した女達に何か共通点が有るのかどうかを調べた。
――辿り着く事実に、絶望するとも知らないで。
調べれば調べる程白日の許に晒されていくそれに、愕然とした。
彼は、私を裏切ってなどいなかったのだ。

「そん、な…」

いっその事本当の裏切りであって欲しかった。
私を嫌って憎んで私との時間を想い出を過去を私の存在を厭い、殺さなければ気が晴れなかったのだと。
我慢なんて出来なかったのだと。

「あ………」

思わず、声が零れた。
彼を裏切ったのは私の方じゃないか。
最期まで嘘を突き通してくれた彼の優しさを、裏切った。
彼が見たくないと苦く笑い、それでも綺麗だと言った、涙が止まらない。

「――、…!」

突然、彼が最期に言った言葉が脳裏に蘇る。
あの時は理解出来なかった。飽和状態だったから。
ただ頭に灼き付いたあの時を幾度も再生して、唇の形と声の音を詠み取る。

「生きろよ、」

言霊。
縛る捕う囚う狂おしい程の拘束。
理性が壊れる。光が失せる。心が乱れる。
それでも逃げ道を用意してくれていた。

「ガゼル」

彼は風と呼ばなかった。
もう随分と昔に仕舞ったガゼルという名を呼んだ。
つまり“晴矢の風”は死んでも良いという事だ。
追い駆けても、良いと。

「…“私”は死ぬ。でも、まだ死ねない」

この体だってガゼルなのだから。
知っているだろう、わかっているだろう。
私が。君に溺れた私が。君を愛し君に愛された私が。
どれだけ抗っても否定しても拒んでも、

「――うそつき…!」

逆らえない、ことを。
何度も何度も君が試したんじゃないか。
何度も何度も君が私に刷り込んだんじゃないか。

ぁ、あ、

その事実が今になってこれ以上にない衝撃を与えた。
その事実が今になって刃となり、私に返って来る。
彼が初めて私の心を蹂躙した。

ぁ…、ぁあぁあ゙あああああ゙…!!

受け止めきれぬそれに耐える為、縋ろうとした指先は宙を彷徨う。
再び、愕然。
何故?何処?

「…いないよ、風」

背後から声が落とされた。

「もう、いないんだ」

茫然と理解出来ずに振り向けば、緋。

「“君の晴矢”は消えたんだよ」

死んだとは言わなかった。
消えたとしか言えなかった。
諦観の色を瞼に隠し、ヒロトはそれでも言う。
か細い慟哭を、聞いていられなかった。
だから、現実を突き付けよう。

「逢えないし、触れない。見えない聞けない嗅げない」
「――…ぁ」
「“君の晴矢”を感じられないよ」

遅効性の毒みたいだ。
じわりじわり気付かぬ程弱く少なく、けれど確実に侵していく。
蒼い瞳が、大きく大きく、瞠られた。

「…っ、!」

崩れ落ちる体を胸に抱き、瞼を閉じる。
彼女の姿を視界に映さぬ為に。
途切れ途切れの嗚咽を聞き、込み上げる怒りを堪える。
ぶつける筈の対象はもういないから。

「(馬鹿野郎っ…!)」

暴走する氷柱が裂いた頬の痛みが気にならないくらい、必死だった。
このままじゃ、両方共を失くしてしまうから。
はらりと落ちた髪の色が、紅かったなら、どれ程良かっただろう。



寂寥の想い
(確かに欲しかったけど)(こんな方法で、手に入れたって…)
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