□夢のように甘くはない
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食いたいと思った。
その衝動のまま喰らい付けば柔らかな感触。
感じた甘い味を確かめるように舐めて、名残惜しいけどゆっくり離す。
いやらしく濡れた音と共に遠ざかる色づいた唇が震え、そして茫然と落とされる一言。

「…――ひどい、」

小さな小さな掠れた声だった。大きく瞠られた瞳が揺らいでいる。
ぞくぞくする。背筋を駆け上がる快感。ああ愉しい。
口の端が上がるのを止められない。微かに嗤って、彼女が正気に戻る寸前にもう一度食んでやった。

「ん、」
「っ…!!」

キスの攻防。
意外と負けず嫌いというか、気が強いというか。
とにかく矜持の高い彼女は突然の事ながらもすぐに持ち直して、ただ悪戯しようとした俺の侵入を拒んだ。
つんつん、と舌先で突くと益々固く引き結ばれる。
捩込もうかなとも思ったが、流石にそれは酷すぎるか?
逡巡した俺の隙をついて噛まれた。

「っ、……痛…」

どうやら噛み切られたらしい。
血の味がじわりと広がる。舌を這わせればピリリッと鈍い痛みが走った。
やってくれる…益々愉しくなってきた。
眉を顰める俺の様子に嘲笑を浮かべた彼女。
その様すらきつくも美しいのだから恋とは本当に盲目だなぁとしみじみ思う。
同時に燻っていただけの嗜虐心を大いに煽られ、火が燈った。

「やってくれるね」
「………」

沈黙。無言の威嚇が空気を張り詰めさせていく。俺の肌はピリピリと引き攣っていた。
行き先は湯殿。“汚れ”を清める為の欠かせない場所。
きっと俺の記録は全て洗い流されるんだろうな。
体の隅々まで綺麗に奇麗に、彼好みの美しいものに。
でも唇を頂いちゃった事実は無くならない。失態として彼女の中にずっと遺る。

「下郎がっ…!」

今回はそれだけで満足しとこうと、尋常ではない頬の痛みや俺を射殺すような鋭い眼差しを受けて思った。



夢のように甘くはない
(吐き捨てられた言葉は)(涙声だった)
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