士官学校編

□30.彼を愛した人達
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リザ・ホークアイ。
狙撃手としての二度目の任務。
訓練生のお守りを任された男は煙草の煙を深々と吸い込み、そしてゆっくりと吐いた。

「どうせ今日も駄目だろう。」

今日駄目だったら、クレームと共に士官学校に突っ返してやる。

あんな綺麗な顔をしたねーちゃんに人を殺す事など土台無理な話なんだ。








暑さの為に空気が揺れる。
じりじりと火傷しそうなくらいの太陽光線。
リザ・ホークアイはじっと動かずに構えている。

眩しさを軽減させるために上着のフードを深く被っている為、男からはリザの表情は見えない。

前回の様に怯え震えている様子もないが…。

さて。

彼女の上官はリザをじっくりと観察する。

撃てるか?

随分の間リザは動かなかった。
見ている彼までも息が止まるかと思うくらいに密度の高い空気が辺りを包んでいた。

…。
駄目か?

彼は自らの銃を持ち直す。

首の後ろが熱かった。
こめかみから汗がダラダラと流れていた。

…不意に。

銃声がした。
彼女は撃ったのだ。

急いで双眼鏡を覗く。
向こうでは今日の標的となっていた過激派のリーダーが頭から血を流し倒れていた。

「よし!良くやった!!」

拳をぐっと握り締め、男は言った。

「早くここから去るぞ!急げホークアイ。ここにいた形跡を残すなよ。」

そう言う前に、既にリザは次の行動に移っていた。

上官は感心して口笛を鳴らした。

吹っ切れたのか。
初めて人を撃って、この落ち着き様は大したもんだ。

「行きましょう。」

テキパキと自分に被さったフードを取る。

「おい。お前。」

上官は彼女の肩に手を置く。
女だてらに任務を無事熟(こな)した事を讃えるつもりだった。

リザは上官を見上げる。
その瞳に彼はゾクリと背筋を凍らせ、言葉を飲み込んだ。

…彼女の瞳は冷たく、氷の様に美しかった。

『鷹の眼』

男は反射的にそう心の中で呟いていた。

獲物を射る眼。
一度その瞳に射抜かれたら、そこに待つのは死のみ。

軍人として並の経験を積んできた彼が、何にもわからない訓練生にこんな感覚を抱くのは驚くべき事だった。

何があったのだろうか。
何故彼女は急に変わったのか。
だが。一瞬たじろぎはしたが男はすぐに考えを直した。
何も驚く事じゃない。
戦場で人が別人の様に変わってしまう事は珍しい事ではないじゃないか。

これでいい。
いい駒が一つ増えたんだ。

男は満足感に胸を満たした。
虫けらが蝶になったという訳だ。
…蝶って綺麗なもんでもないか。

これは、人殺しの鷹だ。
血塗られた爪を隠し持つ…。


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