士官学校編
□6.涙
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一瞬リザの手が止まる。
目を見開いて、そのまま体が動かなくなってしまった。
「卒業以来か。」
「そうですね。」
リザの耳から入って、胸の奥底まで響く低い声。
この二年間。
忘れもしないこの声…
本棚で姿は全く見えないが、間違えよう筈もなかった。
「マスタング。君が本当に国家錬金術師になるとはな。しかも一発でなぁ。なかなかできない事だぞ。」
思った通りのその名を聞いた瞬間、リザの心臓が飛び上がる。
リザは頭の中が真っ白になってしまって、何も考えらくなる。
「…それでもまだまだ下っ端ですよ。書類の受け渡しの仕事など誰でもできる。まぁ、お陰で懐かしい母校に来れた訳ですが。」
「重要性のある書類だったんだろう。謙遜するな。」
「…いや、しかしディオ教官は変わらないですね。私はどうしても好きになれない。」
「ディオに会ってきたのか。そうだな。昔もお前はディオの授業になるとここへ来て…」
ロイはクスクスと笑う。
「よくサボらせてもらったものです。」
さっきのディオの客とは、ロイの事だったのかと、本棚の裏で立ち尽くしたリザは思う。
さっき自分が助かったのはロイのお陰だったのだ。
偶然とはいえ、ロイに感謝しなければなるまい。
…会いたい―。
会って顔を見たい。
本棚の奥で、立ち尽くしたままリザは動くことができない。
手に持っている本を置くことさえもできずにいる。
それでも、
――会えない。
…会いたくない。
ロイに会いたいとリザの全てが叫んでいたが、同時にもう一人のリザは必死でそれを拒絶していた。
自分は何もできない人間なのだと確認しただけの二年間。
人を信じずに、遠ざけるばかりで、何も見ようとしなかった自分に、皮肉にもディオに気付かされた。
挙げ句、怪我をした上、襲われかけた。
顔は無様に腫れ上がっていることだろう、こんな情けない姿をロイには見せられない。
心身共にボロボロの今のリザには、ロイは余りにも遠すぎた。
ロイ・マスタングは士官学校では有名人だった。
特に女生徒の間では、いつも噂の的になっている。
『本当に素敵よね!ロイ・マスタング少佐。』
『今若手の中では一番将来が有望だって言われてるらしいわね!』