士官学校編

□27.地獄で
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所は再びイシュヴァール。
一日の戦いを終え、兵士達は束の間の休息をとっていた。

皆、異様な程テンションが高く、今日の戦績やさまざまな話をし合っては大笑いをした。
そして毎度の事ながら酒が廻って来ると、次はちょっとした小競り合いが原因で殴り合いの喧嘩が始まる。
喧嘩を止めに入った者も、いつのまにか誰かを殴りつける始末。

…皆気が立っていた。
訓練と経験を積んだ、屈強な男達の集団であるにも関わらず、少しの物音にビクリと肩を震わせた。




そんな兵士達が集うテントから離れて、暫く歩く。
街灯の明かりも、建物の明かりも無い。
完全な暗闇の中で、頼りなく手に持った小さな明かりが揺れる。

…人の声が何も聞こえなくなるまで、気配が全く感じられなくなるまで歩く。
何も聞こえなくなってからも念を押すように暫く歩き続けた。
漸く何もない岩場に着く。
そこで納得したのか、大きな岩に寄りかかる様にして腰をおろした。

イシュウ゛ァールの地は、昼間の焼け付くような暑さの反面、夜は一転して凍えるような寒さで全てを包んだ。

冷たく冷えた岩。
石が転がる固い地面。
…だがそこは色々揃った心地よいテントの中よりもずっとマシだった。

手持ちの明かりを消す。
明かりは無くなり暗闇が彼を包むが、全ての光が失われた訳ではない。
暗闇の中、彼のその目からイシュウ゛ァールという地獄が消えて無くなることはなかった。
それどころか、人口的な明かりを失ったイシュウ゛ァールの大地はその存在感を更に大きく彼を圧迫した。

深い溜息…。
その溜息はどこか神経症的だった。

ポケットから支給品の煙草を取り出して、一本口に咥える。
そして手袋をした右手の指先を軽く擦る。
パチンっと小さな音がして、小さな火花が散ると、煙草の先に火がついた。

…全く同じ動作で、小さな村なら一度で全て焼き尽くすことができる。

彼の中から湧き出る恐怖心はどうしたって消えはしない。

…まるで化け物。

味方の兵士達は、珍奇で恐怖に満ちたものを見るように彼を見た。
目を合わせると、彼の気に障らないように嘘の笑いを浮かべた。

…だが彼にとって一番逃避したくなる瞬間は、焔を錬成する瞬間にあった。
構築式を頭の中で組み立てるその一瞬、どうしたってあの背中を思い出さない訳にはいかないのだ。

化け物が何もかもを焼き尽くそうとしている。
人々を、命を、自身の思い出や、感情までも。
…親愛なる全ての人への思いさえも。

粗悪で不味い煙草。
深く吸い込むと喉の奥が痺れた。
普段は吸わない煙草だが、煙草をやめられない者の気持ちがわからないでもなかった。

手持ち無沙汰と、口寂しさが同時に解消される。

彼、ロイ・マスタングは自分で自分を嘲り笑う。

…いい様だ。
最悪だ。

「はっ…」

ロイは笑う。
笑うしかない。

そう思ったら、自分の事が本気で可笑しく思え、笑いが止まらなくなった。

腹を抱えて笑う。
涙が滲み出る程に。

ひゅー…とロイの喉から息が漏れる。
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