士官学校編
□27.地獄で
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「……………。」
ふとロイはその引き攣った笑いを止めて沈黙した。
「…」
そして冷たく響く低い声で静かに言う。
「……そこに誰かいるのか。」
「…………っ」
声は無いが、息を飲んだ気配、怯えた息遣い。
軍人の気配ではなかった。
おそらく戦いの術を知らないイシュウ゛ァール人だ。
ロイはそう憶測する。
「…悪いが。早々に立ち去ってもらえないか。イシュウ゛ァール人の近くにいる所を誰かに見られでもすると厄介だ。」
「……………」
ロイがそう言っても、その気配は立ち去る様子を見せない。
少しの間黙って待ってみたが、それは変わらなかった。
…どういうつもりなのか知らないが…
ロイは考えることすら面倒になり、近くの物陰にいるイシュウ゛ァール人については忘れる事にした。
短くなった煙草をもう一度吸うと、先程とは違った辛さが舌の先を刺す。
ロイは顔をしかめ、指先で煙草の火を揉み消した。
つまらなそうに、煙草が粉々になるまで揉む。
そして細かくなった煙草の葉をばらまくと同時に指先を擦った。
…火が付いた煙草の葉が花火の様にキラキラと暗闇を舞う。
「はぁ……」
とそれに見惚れたような溜め息が物陰から洩れた。
イシュウ゛ァールの人の事を意識的に頭から追い出していたロイは、再び苛々と舌打ちをした。
「…君は殺されたいのかね。」
そうロイが言うと、一人の女が物陰から怖ず怖ずと姿を現した。
イシュウ゛ァール人。
周囲は暗い。
目が暗闇に慣れたとはいえ、相手の輪郭はぼやけ、顔形の細部まではわからない。
色彩の区別もはっきりとはしなかった。
ただ、彼らの赤い目はほんのりと光を放っていた。
ロイの暗闇を吸い込むような瞳とは対照的に、イシュウ゛ァール人の瞳は赤く二つの宝石のように並んでいる。
女は小さな声で言った。
「貴方なら…苦しまないように殺してくれますか?」
…震える声。
「…生憎、今はそんな気分じゃない。」
「…そうですか。」
女は素直に頷いた。
全てを諦めたような声。
「…。」
女はロイの隣に少し間を空けて座り込む。
腰辺りまで伸びた髪が、バサバサと乱れていた。
よく見ると衣服も相当乱れている。
「何処かへ行ってくれると助かるのだが。」
「…どうしてですか?」
「さっきも言った通り、イシュウ゛ァール人といると面倒な事になりかねない。本当ならすぐに殺さなければならない所だ。」
「…ならそうして欲しいんです。」
「君は人の話を聞かないな。…今は人を殺したい気分じゃないと言った。」