士官学校編

□28.ロイとスティングレイの再会
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ノックス医師は正直冗談じゃないと思った。

この場でこのイシュウ゛ァール人の女を撃ち殺してしまおうか。
そうした所で何の問題があるものか。

…そんなことを考えていた。

「マスタング少佐さんよ。とうとう頭がいかれちまったのかい?」

ノックスは濁った目をロイに向けた。
今日は二回目の人体実験が行われる予定だ。

「それともこのイシュウ゛ァール女とデキちまったのか?…まさかこの腹の子の父親はお前さんじゃあるまいね。」

ノックスの冗談にロイの表情はピクリとも変わらない。

「まさか。彼女とは昨日の夜会ったばかりだ。」

じゃあ一体何故この女を助けるなんて事を考えたんだ。
いや理由なんてどうでもいい。
…戦争が終わるまで匿う?
冗談じゃない。ばれたら軍法会議ぐらいじゃ済まないぞ。

ノックスは隅にの椅子に、申し訳なさそうに腰掛けているイシュウ゛ァール人の女を見た。

彼女はノックスの視線を感じると怯えたように目を伏せる。

「とにかくお断りだ。面倒な事に巻き込まないで欲しいね。」

「ならば彼女を今日の実験に使わせてもらう。妊婦のデータはまだ無かった筈だ。」

「ああん?」

余程切迫しているのか、脅しともとれる発言にノックスは顔をしかめた。

「なんでわざわざそんなことを…。俺も人の親だ。国に息子がいる。上からの命令でもないのにそんなことしたくないね。」

「嫌なら私に協力してくれ。」

ノックスはますます嫌そうに顔をしかめた。
そういえば最近、自分はしかめっ面以外の顔をしたことがあっただろうか。

考えて見れば、目の前の男の顔からもすっかり表情らしきものが消えて久しい。

「なんなんだ。何故だ?」

結局理由を尋ねたノックスは、自分が妊婦に多少なりと同情の念を持っている事にうんざりする。

「理由などない。」

ロイは短く答えた。

「ただの自己防衛だ。」

「自己防衛?」

「このままでは思考が全て麻痺するか、気が狂ってしまうと思わないか。」

著しく感情の欠けたロイからでた言葉は、彼が初めて口にした弱音だった。

ノックスは呆れ、ため息をつく。

何を言っているんだ。
俺達ゃとっくに麻痺しているし、気が狂っているんじゃないのか。

だからこそ、お前さんはそんなイシュウ゛ァール人を連れて来たんじゃないのか。
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