士官学校編

□29.生きる者に苦難を、死に逝く者には救いを。
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…出来ない。
出来ない!

すっかり固まってしまった体を自分の意思で動かすことができない。

引き金に添えられた指先はおろか、腕も足も動かない。

人を撃つ。
人を殺す?

今まで飽きるほどに訓練を重ねてきて、体に染み付いていたはずの動きが全く思い出せない。
スティングレイから教えられた、思考を切り替え集中する為の方法もリザの頭からはすっかり消え失せていた。
そう、今この瞬間彼女の頭の中には一時も頭から離れた事のなかった昔の思い出すら何処かに消え失せていた。

「撃て!!早く!!ホークアイ!」

狙撃兵として初めての任務だった。
リザは情けなくなるくらいに怯えていた。
固まった体はずっと細かに震えていた。
上官の怒鳴り声。
リザの耳にその声は聴こえどもそれを理解しようとする頭が働かない。

目だけは的確に標的を追っていた。
…早く。
予定通りに標的を撃ち殺さないと味方の兵士の身が危険に晒されるのだ。

だがリザの体は動かない。
頭の中は真っ白になっている。
自分が今何処に立っているのかさえわからなくなっていた。

「もういい!!銃を貸せ!!」

そう怒鳴られて銃身を掴まれても、リザの強張った体は動かなかった。
銃から体を引きはがされるようにされ、やっとのことで手から銃が離れる。
上官は思い切りリザを突き飛ばし、リザは勢いよく地面に転がった。

リザから奪い取った銃で上官の男はリザが撃つ筈だった標的を撃った。

ドンっ!!と大きな音がして、上官はスコープ先の標的が倒れたのを確認している。

そしてそれが終わると思い切り銃を地面に叩きつけた。
…倒れたままの格好でいるリザの胸倉を掴む。
そして顔を思い切り殴られて、再びリザの体は地面に倒れた。
呼吸が止まりそうになって、はじめてちゃんと自分が息をしていたことに気がついた。

「お前!!何やってるんだ!?もう少しで仲間が死ぬ所だったんだぞ!」

「う…申し訳あ…」

リザが呻きながら声を発すると、上官は間髪入れずにリザの腹部を蹴り上げる。
堪らずリザは小さな悲鳴を上げて地面を転がった。

「この役立たずが!!だから訓練生なんか使い物にならないと言ったんだ。…しかも女なんか。」

上官は怒りのあまりに顔を上気させている。

「申し訳…ありません。…次は…」

「次に撃ち損じたら、俺がお前を撃ってやる。いいな!!」

苛立ちを全面に押し出して上官は怒鳴る。
今にも撃ち殺されてしまいそうだった。

リザは痛みと、口の中に広がる血と砂の味を噛み締める。

何を…
やっているのだ。私は。

撃つ。
人を撃つ。

そのために訓練し続けてきたのではないか。
繰り返し繰り返し、体中にその動きが染み入るまで。

できない。
…できない?
人を殺す事など。

リザは動かない頭の中で、同じ質問を繰り返す。

「早い所一人で任務をこなせるようになるんだ!!俺はいつまでもお前のお守りをしてられる程暇じゃないんだよ!!」

上官の怒鳴り声が響く。
リザはすっかり訳が判らなくなってしまっていた。

軍人とは?
戦争とは?

…人々の幸福の為に……?

私達は人を殺すのか?
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