士官学校編
□30.彼を愛した人達
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「ホークアイ。お前も飲め!!」
夜、テントで兵士達は酒盛りをしていた。
テント内は煙草の煙で霞みがかっている。
皆殺し合いいう現実から目を背け、仮初めの悦びを得る事に勤しんでいた。
「いえ。私は未成年なので。」
「固い事言うな!!明日死ぬかもしれない身に未成年も何もあるか!!」
任務失敗の為にリザを殴りつけた上官は、大声で彼女に声を掛けた。
「申し訳ありません。明日に備えたいので。」
リザは応え、その場を去る。
後ろでは彼等が話す声が聞こえた。
「上品ぶりやがって。女は扱い辛くて困る。それでも任務を熟(こな)せるならまだ良いけどな。あれじゃあここに居ない方がマシだ。」
そんな声を尻目にリザはそこから立ち去った。
テントの外へ出ると、そこにはリザが出て来るのを待っていたと思われる男がそこに居た。
「…。ハル・ブラウン。」
「どうも。僕の名前知ってたんだね。」
「何か…?」
リザは警戒心を著わにして言う。
それは士官学校のリザの部屋の前に猫の死体を置いた男だった。
スティングレイに兄を見殺しにされた。と、憎しみの篭った声で言っていた。
聞けばスティングレイと行動を共にしていたという。
それを聞いた時、リザはスティングレイらしいと思った。
彼等はここから少し離れた場所に配属された筈だった。
何故彼がここに?
「手、出して。」
ハルは言う。
リザは素直に男の言うように手を出した。
何をされるのか不安ではあったが、彼の口調からは以前のような切迫した感じが消えていた。
リザの手の平にポロリポロリと音もなく落ちた、小さく赤く光る物。
「これは……」
これがどういう意味を持つのか、リザは咄嗟に思いつけなかった。
「スティングレイのだよ。見覚えあるだろ?」
リザは震えた。
手の平に落ちた小さなピアスは確かにスティングレイの物だった。
彼はいつも左耳の軟骨にそれをしていた。
…いつか触れた事があった。
綺麗だと言うと、スティングレイは
「安物だよ。」
と笑っていた。
人の耳たぶを触るのが好きなのだと言うと、スティングレイはとても意外そうにしていたのを覚えている。
スティングレイの耳たぶは肉厚でしっかりとしていたが、軟骨部分は少し繊細にできていた。
ピアスは行儀良くそこに並んでいた。
リザはそれを鮮明に思い描く事ができた。
彼に触れたその時の周りの風景や匂いまで思い出せた。
それはそれは不思議なくらい写実的に。
そのピアスには血が付いていた。
それはとても生々しかった。スティングレイの血なのだろう。
血はすっかり凝固していてリザの手につくことはなかった。
リザは堪らなく寂しくなった。
叫び出したいくらいだった。
このピアスがここにある訳…それは。