士官学校編

□31.その死の後に
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人を殺す事。
それは案外に簡単な事だった。

…人を如何に効率良く殺すか。
プロによる指導と厳しい訓練。
飽きるほどに繰り返し繰り返し体に叩き込まれたのだ…だからそれはある意味当たり前の事とも言えた。

標的が的から人間に代わっただけだった。
引き金を引く感触はいつもと変わり無い。それはもう吐き気がする程に。

事実リザは任務を終えて一人になる度に、嘔吐を繰り返した。
それでも体力を温存するために無理矢理胃に食べ物を押し込んで、そしてまた吐いた。

「ホークアイ!!飲むか!?」

上官は相変わらずリザに強い酒を勧める。

リザはショットグラスに並々と注がれた強い酒を一息で飲み干した。
周りの兵士からの歓声。
胸を焼く痛み。
リザは感情が麻痺することを願うがそれは叶わぬ事だった。








「ん…。」

頭がズキズキと痛む。
喉が渇いて仕方が無かった。
ああ。情けない。

「酒臭い。煙草臭い。」

自分のテントに自分以外の男の声がして、リザははっと身構える。

「僕だよ。」

「ハル・ブラウン。」

驚きのあまりにリザは若干いつもより大きな声で言った。

ハルは慌てて自分の口元に人差し指を立てる。

「しーっ。静かに!見つかりそうになって逃げてきたんだ。悪いけど匿ってくれる。」

リザは勝手にテントに入り込んだハルを睨みつける。
ハルは悪びれもせずにそのまま外の音に耳を澄ませている。

「ちょっと失礼。」

狭いテントの中、ハルはリザの荷物が置いてある所へ移動し、そこの陰に見を隠した。
薄暗いテントの中でそこに隠れると、リザにもハルの姿はわからなくなった。

丁度次の瞬間だ。
テントの外に人から声がした。

「ホークアイ。開けるぞ。」

「はい。」

リザは立ち上がり気を付けの姿勢をとる。

テントの入口から顔を出したのは隊の兵士の一人だった。

「怪しい人間がこのテントの近くを通らなかったか?」

「…。いえ。…あ。そういえばさっき誰かの足音が聞こえたような…。」

リザは一度首を横に振ってから、ふと思い出したように言い直す。

「本当か。」

「あちらの方に向かって走り去った気がします。…音だけしか聞いていないので確かな事は言えませんが。」

リザは眉一つ動かすことなく、…それどころかわざとらしくならない程度に、僅かに心配そうな声を出す。

「何かあったんですか?」

「何でもない。お前が気にかける事ではない。」

上官がそう言うと、リザは素直に頷いた。

「もういい。休んでいる所悪かったな。」

「いいえ。大したお役に立てず申し訳ありません。」






リザは上官が去ったのを確認する。

「行ったわよ。」

小さな声で言うと、ハルは隠れている場所からひょっこりと顔を出した。

「助かった。ありがと。」

「………。」

取り合えず言われる通りに匿ったものの、リザは不信感を拭いきれずに黙りこくる。

「怖い顔して睨まないでよ。もう少ししたら出てくから。」

姿を見せたハルはリザの様子に構う事無く、その場に腰を下ろした。

「何をしたの?」

リザは尋ねる。

「…。ちょっとね。情報収集を。それよりホークアイ。潔癖な君らしくもないね。」

狭いテント内に漂う、酒と煙草の入り混じった匂いについて言っているのだ。

「…私の上官は酒と煙草を拒否する人間を一人前と認めない人だから。」

ハルの視線がリザの耳元に注がれたのをリザは感じる。
少しの間ハルはそれを見ていた。

「アンタはそういう人からの評価だとかそういうの、気にしないタイプだと思ってた。」

ピアスの事には触れずにハルは言った。

「下らない事で任務に支障をきたす様な事になっては困るの。」
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