士官学校編

□35.そして
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…そして…。

時は過ぎる。

時が経ってもイシュウ゛ァールの戦いが人々の心からは消えることはなかった。
…いや、その反対とも言える。
戦争が終わってから数年、相変わらず他国との関係は芳しくなく、国境付近では紛争が絶えない。
国内の治安の情勢は悪くなる一方だ。
それらは人々にイシュウ゛ァール戦争を思い起こさせた。
人々はいつ何処で戦争が始まってもおかしくないと、いつも心のどこかで考えていた。





…彼の背中を見続けて、もう何年になるだろう。

…彼は大佐に昇進した。
『イシュウ゛ァールの英雄』
東方では彼を知らぬ者は殆どいない。
異例のスピード出世だと言われたが、本人は特にそれを鼻にかける様子もなかった。
おそらく彼はそれでも足りないと思っている。
彼の歩む階段は上に行くほどに登るのが困難になっていく。依然彼の目指す所へは程遠い。

現在二人は中央に来ていた。中央司令部にて定例の会議が開かれる為だ。

司令部の広い廊下を歩いていた時。
いつも見ている後ろ姿を見ながら、リザは不思議な感慨に耽っていた。

軍服を着た彼の後ろ姿は、彼の存在感を更に大きく際立たせる。
彼が明らかに人と違う空気を纏っていることに気が付かない人間はいない。
(気が付かない振りをしている人間は多数いるが。)

軍人になると言って私の家から旅立って行った、あの時、…。
あの頃の彼は、優秀で前途有望な青年だった。
真っ直ぐでとても力強かったが、今のような存在感はまだ頭角を現していなかった。

戦争の後からなのだろうか、彼の周りの空気が徐々に変わっていったのは。

彼の持つ空気はとても強い力を持っていたが、いささか荒み過ぎていて、そして重く冷たくも感じられた。
しかし彼は人々に大変支持されていた。
人々が欲していたのは生半可な優しさよりも、自分達を守ってくれる強い力だった。
彼は人々にとってまさにそういう存在に映ったのだろう。

…彼の近くにいると、大概の人はその空気に飲み込まれてしまう。
彼は一方で憎しみに近い感情を向けられ、一方では神の様に崇拝された。

…しかし、私にとっては関係の無い事だ。
彼が持つもの。それはあの時と変わらない背中だった。

引きとめる事も、追いかける事もできずにだんだんと遠く小さくなっていった背中。

その背中が今、私の目の前に有る。

私は人生において、様々なものを失ってきた。
大切なものも、そうでないものも。
時に失ったものの大きさに耐え切れず、涙を流す時もあった。
…もう二度とは戻ってこない。
そんな喪失感は私から生きる気力すら奪おうとするのだ。

…でもただ唯一、私が取り戻す事ができたものがある…

…それはこの背中なのだ。





リザはロイの背中を見ながらそんな事をぼんやりと考えていた。

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