企画用
□クリスマス
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「彼はきっと来ないよ。」
男は言った。
それを面白がっている訳でもなく、彼女を同情しているわけでもなく、…ただ彼の思う事実を口にしただけだった。
「彼は、君の事なんて何もわかってない。…わかろうとさえしてない。」
女は自分の両腕の間に顔を俯せたまま、返事もせず、身じろぎもしなかった。
「彼にはこれかれも、…永久に何もわからないよ。これから君が何をしようとも、例え喉が潰れるまで君が叫びツヅケタトシテも。」
女はそのままの姿勢でいた。
その様子だけでは、男の声を聞いているのか聞いていないのかもわからない。
「こんな所に居ても無駄だよ。…風邪をひくから帰ろう?」
「…わかってくれる振りをしてくれるだけでもいいの。」
女は小さく、くぐもった声で言った。
男は呆れて、苦笑いをする。
「君は、いつも彼に正直であって欲しいと言ってるのに?」
女は黙る。
「それに、…彼は自分を守る為の嘘しかつかない。君の事をわかった振りをするなんて、彼にとってなんの利益も無い嘘…つく訳がない。君もわかってるんだろう?」
女は黙ってしまった。
男がいちいち痛いところをを付いてくるので、反論ができないのだ。
男は溜め息をつく。
暗い中でも、吐き出された息は白い。
「ねえ。帰ろうよ。…今日の夜は雪が降るって天気予報で言ってた。…あ。」
男が片手で操っていた携帯電話が、手を滑ってアスファルトに落ちて、渇いた音を立てた。
しゃがんで顔を伏せていた女は、僅かに顔を上げて、男の携帯電話を拾う。
「…はい。」
「ありがと。」
男は差し出された電話を受け取った。
…女の涙で腫れた瞼を見つめる。
さすがに同情の念が男の胸をかすった。
…折角の可愛い顔が。
「君の気が少しでも楽になるように…」
その思わぬ優しい声に、女は腫れぼったい顔を男の顔に向けた。
「教えてあげるよ。」
男はしゃがんで、女のすぐ鼻先に顔を向けた。
そしてニッコリと笑う。
まるで天使のように。
…慈愛に満ちた微笑み。
「君も彼の事を愛してる訳じゃない。…」
女の表情が凍った。
「…だから、彼の事で傷つく事なんか無いんだよ。」
…空気はしんと冷たく重い。
ほんの少しの風が吹くだけで、耳が痛くなった。
「…そうでしょ?君に彼の何がわかる?」
男は念を押す。
その時、男の携帯電話が鳴った。
「もしもし?…あー…、…悪い。今日無理。…ん?いいじゃん。俺クリスマスとかあんま興味ない。」
男は電話口で大きなため息をつく。
「別に…普通の日じゃん。」
女の腫れて熱をもった顔に冷たい雪の粒が落ちた。
…一粒…。
……二粒。
男は携帯電話を切ると、後ろのポケットに押し込んだ。
「さて。帰るのが嫌なら、飲みにでも行こうか?」
「…焼鳥。」
「了解ー。」
男は女の手を取り、しっかりと繋ぐと立ち上がった。
…………………
…fin.